第300話 外店 3

 ひんやりとしたその言葉に、小さなこんたちは、目をうるりとさせて押し黙った。


 海神わだつみの言動がかんに触ったのだろう、大男はそのまま彼を蹴り上げようと脚に力を込める。


 だが当の海神は涼し気な気配を纏ったまま、まるで何事も起きていないかのようにぴくりともしなかった。


 その時点で大きすぎる力の差にさっさと気づいておけばいいものを、頭に血を昇らせてしまった大男に、それは無理な話だったようだ。


 苛立ちながら脚を下ろし、今度は海神わだつみの頭の大きさほどある巨大な拳を振り上げ、目の前で微動だにしない仮面の男を叩き潰そうとする。


 海神はわずかな動きでそれを払い落とすと、薙ぎ払うように顔面を襲ってきた反対の拳もぴたりと片手で受け止めた。


 彼の洗練された動きには一切の無駄がなく非常に雅やかであり、まるで舞いを舞っているかのような妙な色がある。


 「貴様・・・。」


 「納めろ。こちらに争うつもりはない。」


 落ち着いた声で言いながら、海神は手の内に全く入り切っていない大男の拳を抑えたしなやかな指先に徐々に力を込めていく。


 初めのうちこそ強がって痛みに耐えていた大男だったが、長くは続かなかった。

 くぐもった低いうめき声を聞かせると、海神わだつみの手を振り払い、丸太のような腕を慌てて引っ込める。


 その様子を冷ややかに見つめていた小男が呆れたように口を開いた。


 「お客人。最初に約したはずですが、外店での殺生は禁じられております。こん相手とはいえそれは例外ではない。この御仁が間に入らなかったらどうなっていたことか・・・・・・。もし、これ以上騒ぎを大きくするのであれば、私も先ほどの件について見ないふりをするというわけにはいかなくなる。あなたの在郷許可について検討せざるを得なくなるでしょうな。」


 その言葉にピクピクと血管を脈打たせながら、大男はぎろりと目玉だけを動かした。

 腹の虫が全く収まらないこの男は、血走った眼で小さなネズミの塊を捉えると口元を歪める。


 もちろんだが、反省して謝ろうとしているのではない。

 大男は引きつったいびつな笑みを浮かべながら、小ネズミたちへ向けて、去り際に一塊の唾を吐き出したのだ。


 海神わだつみが開いた手のひらをかざし、すかさずそれを遮ろうとしたが、これには全く黙っていられない男がいた。


 あおがパチンと軽く指を鳴らすと、空気を震わせながら、目に映らなない小さな塊が、雷光のごとく凄まじき速度で放たれる。


 透明に輝く一閃は、吐き出された唾を瞬時にじゅっと打ち消すとそのまま大男の膝に当たり、乾いた音を立ててはじけ飛んだ。


 「ぐわぁっ!」というけたたましい叫び声とともにその場に膝をついた大男を眺めながら、あおは「ははっ」と楽し気に笑い声をあげる。


 「きみ。ずいぶん大げさだね。まさかこの程度のことで膝を折るとは思わなかったな。それとも、ボクが力の加減を間違えてやり過ぎてしまったのかな。」


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