第299話 外店 2

 青年妖鬼の長い爪がこんのつぶらな瞳に痛々しく突き刺さろうというその時。


 されるがままになっていた巨大なこんが、少しだけ身体を揺らしたように見えた。


 次の瞬間、青年妖鬼の姿はこんの前からきれいさっぱり消えてしまう。


 巨大こんが、白いグローブをはめた腕を驚くべき速さで突き出したのだ。


 凄まじい勢いで吹き飛ばされた青年妖鬼は、ごろごろと超高速回転のおまけつきで地にまみれると、そのまま動かなくなってしまった。


 小さなネズミたちがパタパタと走り寄り、仇だとばかりに小さな足でポコポコそれを蹴り始める。


 だが、ことはこのまますんなりとは収まらなかった。


 恐らく転がっている青年妖鬼の連れだろう。

 どこかの寺の入口で見かけた仁王像のごとき体躯の、見るからに恐ろし気な表情かおをした妖鬼が、壁に寄りかかりどっかりと胡坐をかいていた巨体をむくりと起こした。


 立ち上がってみればその身体は巨大こんのそれとさほど変わらず、壁のように大きい。


 大男は巨体に似つかわない静かな動作で音もなく立ち上がると、小ネズミの集団に大きな影を落とした。


 小ネズミたちが自らに向けられる殺気に気づいた時には、すでに大男の丸太のように太い足が唸りを上げ彼らに襲い掛かかるところだった。


 眼前に迫る痛みに、小ネズミたちは身体を固くすくめ目を閉じる。

 だが不思議なことに、いつまでたっても恐ろしい事が彼らの身に起きることはなかった。


 ひんやりとした心地よい風を感じ、彼らが恐る恐る目を開いてみると、一人の男が目の前に跪いている。


 男のしなやかな腕は大男の巨大な足を軽々と受け止め、平然としていた。


 「貴様。なんのつもりだ。」


 大男の問いかけに、海神わだつみが仮面をつけた顔をわずかに傾けると、横に緩く結わいた長い黒髪がさらりと滑らかに肩の先を流れ落ちた。


 大男がガラガラと耳障りな怒鳴り声を響かせるものだから、少し離れたところで涼やかに腕を組んでいたあおが長い指を片方の耳に挿して塞ぎ、酷くうるさそうにしている。


 あおのそんな仕草に、海神わだつみは仮面の中でわずかに表情を緩ませた。


 ズクリと心臓がすくみあがるような大男の怒声にも全く動揺することなく、海神わだつみは威圧を含んだその問いかけに静かに答える。


 「すべきことではない。」


 「なんだと。」


 海神わだつみは小ネズミたちに顔を向けた。


 「お前たちも、無礼を働いてはいけない。」


 「そんなこと言ったって、こいつが・・・」


 「この者たちと同類だというのであれば、私は止めない。好きにしなさい。」


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