第298話 常世郷 5

 「色・・・ねぇ。」


 あお海神わだつみの髪を手でたぐり、なめらかな手触りを愉しみながら、小さなため息とともにぼやいている。

 彼にしては珍しく、わずかに気持ちを沈ませているようだ。


 都古みやこ真也しんやの腕をとんとんと二度小さくたたいた。


 「真也しんや。」


 「どうした?」


 「色・・・とは?」


 都古みやこの問いかけに、真也しんやは「あぁ・・・」と困り果てたため息をもらす。

 どうやら後ろで光弘みつひろも同じことをしょうに聞いているようだ。


 せめて相手が光弘みつひろだったなら、もう少し答えやすかったのに。


 そんなことを考えつつ、真也しんやは重い口を開けた。


 「つまりさ。性的に盛んだと言いたいんだよ。・・・この人はあおがたくさんの女の人を相手に、淫らなことをして楽しんでるって思っていたみたいだ。」


 真也しんやの説明を聞いた都古の顔が赤く染まる。


 「蒼は、そんな者ではない・・・と思うが。」


 少し口ごもりながら小さく訴える都古みやこに、真也しんやは「ははっ」と明るく笑った。


 「俺も。そう思ってる。」


 都古みやこの頭を開いている方の手でポンポンとなでながらそんなことを話していると、先ほど歓声の上がった店の前を通りかかった。


 ちょうどその時、再び大きな歓声が上がる。

 前を行く海神わだつみがわずかに振り返ったものだから、あおが気をきかせて小男に声をかける。


 「ちょっといいかな。」


 「はい。なんなりと。」


 「今の店、随分と盛り上がっていたね。一体何をしているのか、少し気になってね。」


 男は立ち止まると、小さくうなずいた。


 「外店そとみせは子供らでも楽しめるような、たわいのないものばかりでございますが、ご興味がおありでしたら少し覗いて行かれますか。」


 「そうだね。次の約束があるのだけど。あの長すぎる階段では時間が止まっていたようだから、まださほど急ぐ必要はなさそうだし。」


 あおのその言葉に、男は思わず目を見張った。

 もはや諦めたというように明るく笑い、男は先ほどよりも随分とくだけた様子で蒼に話しかける。


 「お客人には叶いませんな。全てお見通しですか。」


 「全て、というのがどれだけあるのかは分からないけど、きみはあの階段を使って、ここへ入る者を選別しているよね。さながら門番っていうところなんだろう。・・・それでボクたちは、きみのお眼鏡には、かなったのかな?」


 くすりと笑いながらあおが言うと、男はきまり悪そうに笑い暖簾のれんを上げる。


 「そのような言い方はあんまりでございます。・・・まぁ、そういじめてくださいますな。あなたときたら本当に、怖いお方だ。」


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