第297話 常世郷 4

 「忠誠とはまた。・・・随分と絆を大切にする者たちが集まっているんだね。もしかして、ここをこうして外から隠していることは、それと関係があるのかな。」


 あおの言葉に、男は声を立てて笑った。


 「絆などそんなに大層な代物ではございません。・・・・・・返しきれない恩義のある方なのです。あの方に対してだけはこうして忠誠を誓ってはおりますが、互いへのものはそう厚いものではありますまい。くれぐれもお気をつけください。」


 脇道から飛び出してきた真っ赤な毛並みの猫を器用によけながら、男は視線をあおに流す。

 

 「それにしても、鋭いお客人だ。確かにここを隠しているのはそのためでございます。まさか、あおの妖鬼が仕切っている領域の真っただ中でこのように他の方を奉っていては、やつも面白くはありますまい。逆鱗に触れ、寝た子を起こすような真似をしたくはないのです。」


 男の言葉に、海神わだつみがピクリと指先を震わせた。

 海神わだつみの手を上からそっと包み込み握りしめると、あおはとても楽し気な口調で問いかける。


 「双凶のあおというのは随分と心の狭い奴だな。そのくらいで激怒するなんて。」


 男は顔を大げさにしかめ、こくこくと大きくうなずいた。


 「左様でございます。・・・と、言いたいところなのですが、実は最近になり、私は少しばかり考えを改めたのです。」


 「というと?」

 

 「先ほど申しましたが、あおの妖鬼は神妖の一人を一途に溺愛していると耳にしました。あの神妖は気の毒なほど情が深い。それを見初め、受け入れ、共に在るだけの器量があるのだとすれば、あおの妖鬼は我らの考えているような、中身の幼い者ではないのかもしれませんな。」


 あおはおかしくて仕方ないという笑い声をあげる。


 「言うねぇ。・・・きみ。一体、あおの妖鬼をどんなやつだと思っていたんだ。」


 あおの問いかけに男は言葉を吐き出す。


 「会ったことはありませんが、伝承通りであるとすれば・・・自由奔放で我が儘。直情的で、気に入らないものは迷わず瞬時に始末する。血と色にまみれた、節操無しのド派手な妖鬼・・・ですかな。」


 真也しんやしょうは思わずプッと噴き出した。

 しょう真也しんやの肩越しに話しかけてくる。


 「あながち外れてないんじゃないか。」


 「確かに。」


 小声で言いながら笑い合っていた二人は、海神わだつみのひんやりとした視線に気づき、素早く口をつぐんだ。




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