第296話 常世郷 3

 小男の後ろをついて歩き出した真也しんやだったが、胸の内は全く落ち着かない。


 都古みやこの手の触れている場所だけが、酷く熱く脈を打っている。

 布越しに伝わるその甘い熱は、真也しんやを戸惑わせていた。


 「真也しんや?大丈夫か。」


 真也しんやの動揺を感じ、都古が声をかける。

 ピクリと指先を震わせ、真也しんやは一つ深く息をついた。


 はしゃぎそうになる心臓を、どうやら少しばかり落ち着かせることに成功し、真也しんやは傍らの都古みやこに、努めて明るい視線を送る。


 「平気。こんな場所、見た事も聞いたこともなかったから、驚いたんだ。ちょっと集中してただけだよ。ぼけっとしてて転んだりしたらカッコ悪すぎるし。それに、それじゃ・・・・・・ない。」


 その時。

 真也しんやの言葉に被さるように、屋台の一つからひときわ大きな歓声が上がる。


 「それに・・・なんて?」


 都古みやこが聞きなおすと、真也しんや都古みやこの耳元に口を寄せた。


 「それじゃお前を、守れない。」


 都古みやこの耳の先が燃えるように赤く染まっているのは、提灯の灯りのせいばかりではないだろう。


 そんな二人の様子を面白そうに見つめていたしょうは、光弘みつひろをぐっと引き寄せた。


 光弘みつひろの肩のうえで、ゆいが切なく瞳を揺らす。

 しょうは苦く笑い、そんなゆいの頭を酷く優しい手つきで撫でてやった。


 「そんな顔するなって、ゆい。一緒にいてもいいだろ?俺だけ独りにしないでよ。寂しくなっちゃうじゃないか。」


 しょうの言葉に、ゆいの瞳がしっとりとした不思議な色を纏う。


 ふわふわの小さな頭を、大きなしょうの掌に一度だけグイッと強く摺り寄せると、ゆいは特に何を言うわけもなく、そのまま光弘みつひろの肩の上で丸くなってしまった。


 しょうはクスリと小さく笑う。


 「サンキュ。ゆい。」


 こうして、はぐれてしまわないよう、なんとなく二人ずつ組みになった一行は、中央を真っすぐ貫くように伸びた通りを、小男について歩き出した。


 間もなくあることに気づいたあおが、仮面越しに男に尋ねる。


 「提灯の下に黒い飾り布を下げてあるね。なにか意味があるのかな。」


 その言葉で真也しんやたちも、はたと気づく。

 ここの情景は、石段通りのものと酷似しているのだが、軒下につるされた煌びやかな提灯の下には黒い布が上品にはためいているのだ。


 小男はあおの言葉に嬉し気に目を細める。


 「お気づきになりましたか。・・・これは我らにとっては護符のようなもの。ここ常世郷とこよごうを我らにお与えくださった方への忠誠の証でもあります。」


 光弘みつひろの肩の上で、ゆいの瞳がわずかに赤くきらめいた。

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