第294話 常世郷 1

 「帰りは力を使えばいいんじゃないか。結界が張られていないなら転移できるはずだと思うけど。」


 真也しんやの言葉が聴こえたのだろう。

 小男は振り返り、申し訳なさそうな顔をした。


 「大変申し訳ございませんが、ここでの転移は難しいかと・・・・・・。かなり強力な結界が張られておりますゆえ、よほどの御仁であってもこれを破ることはかないますまい。」


 言ってから男は慌てて付け加える。


 「あぁ。ですが、ご安心ください。陣が敷いてございますので、そちらから直接上にお戻りいただけます。・・・何を隠そう、お連れ様が先ほど小部屋の床に見つけられたという陣。あれがまさにそうなのでございますよ。」


 ゆいが男を嘲るように、かすかに鼻を鳴らした。

 どうやら、『あおのお連れ様』と呼ばれるのがよほど嫌なゆいは、大人げなく光弘みつひろの肩の上で不機嫌に身体を丸めてしまう。


 その様子に真也しんやたちは顔を見合わせ、くすりと小さく笑った。


 小男は振り返ると一行に明るく声をかけた。


 「さて、そろそろ参りましょう。ここまで来ればすぐそこでございます。」


 少し休めたことで、都古みやこの様子もだいぶ悪く無くなっている。

 とはいえ手すりの一つもない階段だ。


 「つかまって。」


 真也しんやは腕を開け都古みやこに声をかけた。


 ほんの少し目を見開いた都古みやこだったが、目を細め「ありがとう」と言って、素直にそこに手を置く。


 再び階段を下り始めると、小男の言ったとおり、さほど経たないうちに、どうやらようやく階段を下り切ったらしい。

 少しばかり広い空間が広がる場所に辿り着いた。


 壁のいたるところでにわかに光が沸き起こり辺りを薄く照らしだすと、一行の正面にこの質素な岩だらけの部屋とはあまりにもちぐはぐが過ぎる、精巧な造りの巨大な扉が現れた。


 「さあ、到着いたしました。」


 まるで男の言葉を聞いていたかのように、重厚感のある観音開きの扉が、見た目には似つかないほど軽やかに開いていくと、煌びやかな光と喧騒が、石を削られただけの殺風景な広場に雪崩込んできた。


 「へぇ・・・。」


 興味深そうにつぶやくあおの声は楽し気だ。

 真也しんやたちの瞳に、目の前に広がっていく光景が映りこみ、煌びやかな星々が彼らの瑞々しい瞳を鮮やかに飾りたてていく。


 「中は大変広くなっております。くれぐれもお気をつけください。」


 扉が3割ほど開いたところで、既に通り抜けるには十分な広さができた。


 「ようこそ。常世郷とこよごうへ。」


 小男は一行に向かい恭しく頭を下げると、巨大な扉を抜けた。

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