第293話 脚休め 10

 これほどの金を持った男の連れなのだから、恐ろしいほどの力を持った者の一人くらい、護衛に加わっていることもあるのだろう。


 無理やり気力を奮い起こし、小男は乾いた笑い声をたてた。


 「お連れ様にはかないませんな。左様、あの小部屋には陣が張られております。ですが悪質なものではない。そこは私の顔をたて、信用してくださるとありがたいのですが。」


 一体、この怪し過ぎる男のどの顔を立てれば、信用なんてできるっていうんだ!


 一行のほとんどの者が胸の内でそう罵るなか、どうやら『あおのお連れ様』扱いをされたことが気に食わなかったゆいが、小さく鼻を鳴らした。


 「まぁ、いいけどね。」


 ゆいの口から気だるげに吐き出されたその曖昧な言葉がなにに対して「いい」と言っているのかは分からなかったが、一行は再び大人しく口を閉ざし歩き続ける。


 あまりにも長い下り階段は、過去に一度だけ通ったあの彼呼迷軌ひよめきへの入口のようで。


 都古みやこは頭の芯が少しぼんやりとかすみがかり、わずかに足元をよろめかせた。


 真也しんやは足を止め都古みやこの身体をすかさず支えると、「大丈夫か」と声をかけ、瞳を覗き込んだ。


 「すまない。」


 「気にするなって。こんなに薄暗い階段を延々と下りているんだ。そんな風になるのは、全然おかしなことじゃないよ。」


 「さようでございます。むしろここまでの長さを一息に下りられる方はそうはいない。他のお客様方であれば、既に二度は休まれておいでのところだ。」


 なさけなさに表情かおを歪めた都古みやこだが、小男の言葉どおり、実際、周りの連中が化け物じみているだけのことなのだ。


 三半規管がやたらと強く、乗り物に一切酔わないばかりか、暗闇でも平時と変わらず走り回ることができる特異体質のしょうはおいておくとして。


 あお海神わだつみのように強力過ぎる者がこの程度のことでどうにかなるとは思えないし、光弘みつひろ真也しんやは毎朝の滝行やなんかで精神的な部分をかなり鍛え込んでいる。


 ここまで音を上げることすらなかった都古みやこは、むしろ大したものだと胸を張っていいくらいなのだ。


 束の間足を止め休んでいると、しょう真也しんやの耳元に口を寄せてきた。


 「なぁ。これ、帰りどうするんだ?随分深くまで下りてきちゃってさ。こんなにたくさん階段を上ったりしたら、さすがに俺、死んじゃうよ。」


 どんな時でも、どんな場所でも変わることの無い、陽の光が差し込むようなあっけらかんとしたしょうの明るさといつもと変わらない様子に、真也しんやはニカリと笑顔で返す。

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