第291話 脚休め 8

 得意げな小男のすぐ後ろをついて歩くあおを見つめながら、真也しんやたちは、腹を抱えて笑いたいのを必死にこらえるしかなかった。


 ゆいあお海神わだつみ・・・3人の力の片鱗すら感じられない小男が、よりにもよってそれと知らず本人の前で悪口を滔々と垂れ流しているのだ。


 噴き出しついでにむせてしまい、咳き込みながらもんどりうっているしょうの背を優しく撫でながら、光弘みつひろは苦笑いだ。


 「おや。大丈夫ですか。女どもに水を持たせておけばよかったですかな。」


 まさか自分のことを嗤ったがためにしょうが苦しんでいるのだとは夢にも思わないだろう。

 上客を気遣う小男の猫なで声が、ヘビの腹の中のような薄暗い階段の石壁を叩き、空しく響いた。


 「ありがとう。だが、こいつのことは気にしなくていい。よくあることなんだ。」


 仮面を被っているため表情は確認できないが、以外にもあおの声は酷く楽し気である。

 むしろ気になるのは、彼の横に並んで歩いている海神わだつみの方だ。

 全くの無反応に見えるのだが、なぜかその透き通るような白い手は、蒼にしっかりと抑えられている。


 小男は先ほどより速度を少しばかり緩めて階段を下りながら、再び口を開いた。


 「恥さらしなことに、あおのやつめは海神わだつみと呼ばれる美しい神妖にかどわかされ、最近ではすっかり骨抜きになっているという噂まで耳にします。」


 一度言葉を切ると、小男は少々浮かれた口調で続きを口にする。

 

 「まぁ正直、あの神妖が相手では、魅せられてしまうのも分からなくはない。実は私も一度、偶然にかの神妖を見た事があるのですが、あれはあまりにも美し過ぎた。あおの妖鬼が惚れ込むのも無理はない・・・・・・。」


 夢見心地な様子で、小男は束の間言葉を止めぼんやりとしていたが、はっとして咳ばらいをした。


 「とにかく、色恋にうつつを抜かしている年増の色ボケ妖鬼が、暇を持て余しているとはとても思えませんし、私がそんな者に遅れをとるとも思えません。」


 あおが海神の腰に手を回し、わずかに引き寄せる。


 直前に一瞬、海神わだつみの指先が炎のような光を帯びたように見えたのだが、これは気のせいであったということにしておこう。


 あお海神わだつみの恐ろしくも静かなそのやり取りに一切気づくことなく、小男は話し続ける。


 「数は少ないようですが、奴には忠実で非常に有能な配下がいるという話もありますゆえ。あおの妖鬼に目を付けられ、奴に配下の連中を送り込まれでもしたら面倒なことになる。」

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