第290話 脚休め 7

 小男に連れられ案内された先は、調理場の奥のさらに奥にある、小さな暗い部屋の中だった。


 一見物置小屋のような小部屋の中は、不自然なほど空っぽで椅子のひとつすらおいていない。


 だが、小男が奥の壁に触れ、なにやらもごもごと小さな声で唱えると、途端に壁はサラリとくずれ、あるかないのか分からないほど暗く闇に溶け込んだ、真っ黒な引き戸が目の前に現れた。


 「どうぞ。こちらへ。」


 取っ手すら黒塗りでどこにあるのかわかったものではないのだが、恐らく目をつぶっていても探り当てられるであろうほど慣れている小男は、寸分の迷いもなく取っ手を掴むとゆっくりと扉を引いた。


 男は先に立って扉をくぐる。

 数歩行ったところで男の背ががくんと小さくなり始めたところをみると、どうやら暗がりの先は下りの階段か何かになっているようだ。


 あお海神わだつみに続き、真也しんやたち全員が扉をくぐり終えると、ホラー映画よろしく、最後に入った光弘みつひろの背中で、扉が閉まる重くきしむ音がかすかに響いた。


 全てが真の闇に包まれる直前、壁に掛けられた灯篭の中に次々と火が入る。


 情けない声を出す者はいなかったが、ひんやりと湿った暗闇に突然引き込まれて嬉しいなど思えるわけもなく、得体の知れない不安にゾワリと悪寒を感じていた真也しんやたちは、灯篭の青白い不気味な灯りにさえほっと胸をなでおろしていた。


 どこまで続くのかわからない階段を延々と下りていると、ゆい光弘みつひろの肩の上から極めて落ち着いた声で小男に問いかける。


 「随分と用心がいいね。何をそんなに恐れているのかな。」


 ゆいの言葉に、小男は片方の眉を不機嫌そうにピクリと震わせた。


 冥府も神妖界と同じように、人の形以外の者が言葉を持つことは別段不思議はないようで、小男に驚いた様子はないが何かが矜持を傷つけ苛立たせたようだ。


 階段を下りる足を止めることなく、視線だけわずかにゆいに送ると再び前を向き、あからさまに面白くない様子で答える。


 「恐れているというものでは・・・。ただ、ここは場所が場所でありますから、色々と面倒なのですよ。」


 「面倒?」


 「そうですとも。照射殿周辺の石段通りは冥府で唯一、あの双凶の妖鬼が一体であるあおめが治めている場所なのです。・・・元々ほとんど人前に姿を見せることすらない、噂先行の張りぼて妖鬼など、大して怖くはありませんが、あえて目につくような真似をする必要はない。」


 小男の言葉に、ゆいが小さく笑い、しょうはこらえきれずプッと吹き出した。


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