第287話 脚休め 4

 意味深な表情にニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ、あお真也しんやたちに目くばせした。


 この男がこんなに楽しそうな表情かおをするなんて・・・恐らくろくなことはないだろう。

 漠然とした不安を感じながら、真也しんやは諦めと呆れの混ざり合った息を吐き出した。


 金を渡し団子を受け取ると、あおは艶のある声で女たちに話しかける。


 「ねぇ、聞いてもいい?」


 面をつけた得体の知れない若い男に柔らかく話しかけられ、女たちは戸惑った。


 弱弱しい視線を交わししばし逡巡していたが、結局、右端の髪の長い女が答えることにしたようだ。


 「なんなりと。」


 従順な答えと細すぎる声は、酷く生々しい怯えを含んでおり、気の毒なほどだ。

 女の異様な様子にはっきりと気づきながらも、あおは素知らぬふりで満足げにうなずいた。


 「品書きには見当たらないんだけど、ここで旨い鍋が食えると聞いたんだ。もらえるかな。」


 その言葉を聞いた瞬間、女たちはビクリと身体を硬直させる。


 「お客様。なにかございましたか。」


 悪目立ちする真也しんやたち一行に注意を向けていた入口の小男が、めざとく異変に気づき近寄ってきた。


 「おや。もしかして、きみに頼むべきだったのかな。・・・実は鍋を食べたいんだ。ここのは絶品だと、耳にしたものでね。」


 あおの言葉を聞いた男は、つかの間視線を鋭くし、気味の悪いどんよりとした殺気を放った。


 「お客様。申し訳ございませんが、どこか別の店と勘違いされているのでは?ここはただのお茶屋でございますゆえ、あるのは甘味や団子ばかり。ご覧の通り、鍋は扱っておりません。」


 「・・・ふーん。それは残念だな。」


 言いながらあおが財布から薄い黄金こがねの板を音を立ててチラつかせてみせると、男は態度を一変させた。

 醜く口元を歪ませ、いやらしい笑みを浮かべる。


 真也しんやたちでも一目で見破れるほど見事なまでに、男は金に目をくらませる。

 わかりやすく揉み手のおまけつきで、今にもよだれをたらしそうな小男は、あおにすりよった。


 「そうですねぇ。このままお帰りになるのもつまらないでしょうし・・・。こちらでできるもので良ければ、今から特別にご用意させていただきますが。」


 「いや。それはさすがに悪いよ。店を勘違いしているのならこれから探すさ。心当たりがあれば教えてくれるかい?」


 もったいぶった口ぶりの男に蒼がとぼけた様子で答えると、男は顔色を青くし、慌てて蒼の耳元に口を寄せた。

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