第285話 脚休め 2

 「へぇ。よく気づいたな。きみは随分と、洞察力に長けているようだね。」


 あおは面を付け直し、話を続ける。


 「実はこの店の話を耳にして、少し気になっていたんだ。・・・あまり、品の良くない噂話をね。」


 あおの明るい口調と話の内容とはあまりに対照的で、強烈な違和感がある。


 ほのかに香る温泉特有の芳香と、薄く立ち上る柔らかな湯気に包まれながら、4人は身体を寄せ、聞き逃すまいと極めて慎重に耳を傾けた。


 ところがあおときたら、海神わだつみが器用に仮面の下の口元へ団子を運ぶのを、ひたすら幸せそうに見つめているばかりで、一向に続きを口にする気配をみせない。


 光弘みつひろの肩の上では、こちらも我が道をゆくゆいが、全くこの場の空気を気にすることなどなく、光弘みつひろの団子を一口もらって機嫌よく頬ずりしている。


 無責任にも言い散らかしたままでいる、自由奔放なこの蒼い妖鬼の気をひくため、真也しんやは古典的な咳ばらいを聞かせてやった。


 そこでようやくあおは、さほどの興味はないまでも、どうにか真也しんやたちに対して、少しばかりの注意を向ける気にはなったようだ。


 目にした4人の表情かおを見て、少し驚いた様子で口を開く。


 「ん?・・・もしかして、話の続きを聞きたかったのか?」


 「当たり前だ!」


 しょうが思わず声を上げると、海神わだつみが無言のまま人差し指を仮面の前に立てた。


 あおはそんな海神わだつみの身体を自分の方へ大切そうに抱き寄せ、ぴたりと身体をつけると、ようやくしっくりと落ち着くことができたようだ。

 真也しんやたちに向き直り、改めて彼なりの不満をつらつらと口にした。


 「きみはおかしな奴だな。なんでそんなに大きな声を出す必要がある。店のやつらに聞こえたらどうするんだ。」


 どう考えてもおかしいのはあおの方だろうに・・・と、真也しんや都古みやこ光弘みつひろの三人が、同情たっぷりの視線をしょうに向ける。


 しょうは恨めし気にあおを見つめ、諦めきった様子で力なく言葉を吐き出した。


 「わかった。静かにする。・・・で、良くない噂っていうのはなに?」


 「それを話す前にまず、ここのことを話す。・・・冥府には、君たちの世界のような煩わしい決まりごとは少ない。ボクらはただ、自分自身の欲望のままに生きているのだから、大概のことはいい加減で済んでしまうことが多いんだ。望み通り生きたければ、誰よりも強くなればいいだけ。簡単な話さ。・・・・・・だけど、ここ照射殿と石段通りは話が別だ。ここはボクのものだからね。ボクだけがここを、好きにしていい。」


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