第283話 冥府は怖いとこ? 3

 伸ばされた女の指先は、光弘みつひろの肌からまだだいぶ離れたところで、なにかにバシリと払いのけられたように、勢いよく弾かれてしまったのだ。


 唐突に指先を襲った、電気が走るような鋭い痛みは、女の肘のあたりまでを一瞬で駆け上がり酷く痺れさせた。


 小さく悲鳴を上げ、険しい表情で腕をさする女が見つめた先にいるのは、滴る血のような紅で瞳を光らせたゆいである。


 光弘みつひろの肩にとまる、極めて愛くるしい姿をしたこのフワフワの綿毛のような小さな生き物と視線がぶつかったとたん、女はひきつる様な声でひっと短く叫び、転がる様に店の中へと逃げ込んで行ってしまった。


 すっかり傍観者の気分で一連の出来事を眺めていたあおは、ゆいに向かって呆れたように口を開く。


 「全く・・・・・・。きみってやつは本当に、大人げがないな。」


 「なんのことだ。私はなにもしていないよ。あんなに急いでいたんだ。よほど急用を思い出したか、主に呼ばれでもしたのだろう。」


 ゆいの返す気のないいい加減すぎる返事に、あおはひとつため息をつき肩をすくめてみせると、何事もなかったかのように再び前を歩きだす。


 さほど歩かないうちに、石段の踊り場のような場所に長く掘られた足湯を見つけ、あおは楽し気に華のような笑みをニカリと見せた。


 「ほら、なかなかいいだろう?」


 かけ流しの湯が竜の頭を模した滝口からたっぷりと惜しげもなく吐き出されている。

 石の板で品よく囲われた浅く細長い浴槽からとうとうと溢れでる湯は、どこまでも澄み渡り清らかだ。


 飾り気のない低い木造の壁のない建物は長い月日を経たものであろう。

 古びやかな様相はなんだかどこかで見たことがあるもののような気がして、真也しんやたちを妙にほっとさせていた。


 「手水舎ちょうずやのようだな。」


 都古みやこのつぶやきに、真也しんやしょう光弘みつひろの三人は首を傾げた。


 「ちょうずや?」


 「あぁ。神社なんかの入口のあたりに、柄杓ひしゃくがたくさん並べられた水場があるだろう。」


 「手、洗うところかっ。」


 「確かにっ。」


 しょうがポンと手を一つたたきながら声を弾ませると、真也しんやもそれに明るい声で相槌をうった。


 ぼんやりと感じていた疑問の答えが速やかに明かされ、三人がむずがゆいくしゃみがすっきりと出ていったような爽快感を感じていると、あおがそっと顔を近づけてくる。


 「君たちの住んでいる場所のことを、あまりしゃべり過ぎるなよ。怪しまれる。・・・・・・ボクは全く、構わないけどね。」


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