第282話 冥府は怖いとこ? 2

 真也しんやしょうあおにしがみついていた腕を気まずそうにほどくと、都古みやこもぎゅっとつかんでいた真也しんやの衣をひっそりと離した。


 海神わだつみが少し呆れた様子であおを見上げれば、彼と視線を交わしたあおは子供たちに気づかれないよう、いたずらに成功した幼子のように小さく舌を出してみせる。


 「さて、すぐ先に足湯があるんだ。まずはそこに寄ってみようか。」


 あおはくすりと小さく笑ってから、海神わだつみの手をとり石段を下り始めた。


 真也しんやたちにとって、冥府の重みのある空気は今まで生きてきて初めて経験する異様なものだった。


 あおの結界に穢れがまとわりついたりしないよう護られているとはいえ、それでも肌に感じる空気の流れはさわりと心の奥を波立たせ、どうしようもなく胸の奥をざわつかせている気がする。


 緊張でわずかに汗ばんだ手を握りしめ、真也しんやたちはところどころ苔むした広い石段へと、恐る恐る足を下した・・・・・・。


 見事なまでに年輪を重ねた重厚な樹々に鳥居のごとく囲われた石段はなかなか神秘的なものである。

 緊張がとけてきた一行にその情景を楽しむ余裕がようやく出てきたころ、にわかに景色が変わった。


 煌びやかな木造の建物が各々の美しさを主張しながら、眼下へ向かい、気持ちいいほど果てしなく連なっている。


 酷くなまめかしい紅い輝きをじんわりと放つ提灯飾りが、ピタリと一定の間隔で非常に行儀よくつるされている。

 一見まとまりのない個性豊かな華やかさに、品の良い規則的なその輝きは、繊細な統一感を作りだしていた。


 一歩進むごとに徐々に活気を増す街並みは、美しい着物を纏うたくさんの女たちでにぎわっている。


 「おやまぁ。かわいいぼうやだねぇ。」


 店先を通り過ぎていく男たちに愛想よく声をかけていた女の一人が、真也しんやたちを目ざとく見つけ、声をかけてきた。

 縦に裂けたような瞳孔を細め、女は値踏みする様に一行を見つめている。


 「暇なら遊んでおゆきよ。安くしとくからさ。」


 長い髪をなびかせながら、女は、光弘みつひろに目をとめにっこりと笑った。


 「綺麗なぼうやだね。あんたなら、金はいらないよ。・・・むしろあたしのところで一緒に働かないかい?あたしが全部・・・教えてやるからさぁ。」


 光弘みつひろの柔らかそうな頬に触れようと伸ばした、あまりに艶めかしい女の手は、だがしかし、結局そこに触れることはできなかった。

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