第281話 冥府は怖いとこ? 1

 冥府や鬼界などという不吉な響きが全く似合わない秀麗な建物は、壁や柱自体が淡い光をまとっており、酷く神々しい。


 これほどの巨大な建物なのに、施された飾り細工の一つ一つまでもが極めて丁寧に、精巧に造られていた。


 圧巻の雰囲気を纏いながらも、凛として澄みきった清々しいその立ち姿からは、驕りや雑念などの淀みは一切感じられず、ひっそりとした清涼感さえ漂っている。

 

 「拝んで賽銭を投げ込んでやりたくなるな。」


 しょうの口から思わずこぼれ落ちたつぶやきに、あおは興味深そうな視線を向け、笑いながら口を開いた。


 「ここの光は熱を持たないし、肌を焼かないんだ。陽の光とは違ってね。・・・だからって光の柱を直接見たりはするなよ。強い光だ。目を傷める。」


 あおは手にしていた面をつけると同様に面をつけた海神わだつみのものが曲がってしまったりはしていないか、よくみてやった。


 「この先が『石段通り』だ。・・・本当は店に直接移動してもよかったんだけど、せっかくだからちょっとくらいは見たいだろう?冥府がどんなところか。」

 

 先ほどの恐ろし気な話を、これでもかと言うほどしっかりと記憶している真也しんやたちは、自分たちがすでに『そういう場所』にいるということを思い出し、ひくりと表情を強張らせた。


 「大丈夫。みーくんには私がついてる。」


 みーくんには・・・・・・。


 光弘みつひろにささやくゆいの声を聞きながら、真也しんやたちは疑う余地もないほどはっきりと、光弘みつひろ以外はそこに含まれていないのだということを理解し、魂の抜け落ちた空虚な視線を互いに無言で交わした。


 三人の様子を見ていたあおは、ぷっと噴き出すと、愉快でたまらないという笑い声を立てながら口にする。


 「そう不安がるな。そんなに恐ろしいところでもないさ。・・・それに、石段通りはボクの影響を大きく受けている唯一の場所だ。ここを汚す無礼な奴をボクが許すわけがないだろう?ただし・・・」


 「ただし・・・なに?」


 意味深に口角をあげたあおは続きを口にする。


 「ここは冥府の中でも最奥に近い鬼界に位置している。一歩でも外れれば保証はできない。だから、離れるなよ。何度でも言うが、ボクには海神わだつみが全てだ。君達を彼より優先することは、絶対にない。」


 あまりにも明け透け過ぎる正直な言葉に、真也しんやたちはゴクリと唾をのんだ。


 「おい、そんなにくっつくな。ボクを馬鹿にしてるの?誰が結界を張っていると思ってる。よほど遠くに離れたりしなければ、大丈夫に決まってるだろう。石段通りから出て、さらに奥に入り込んだりしない限り問題ないさ。」


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