第279話 光弘の支度 7

 光弘みつひろはその場に座りこみ、膝の上に静かにゆいを招く。


 「手を、出して。」


 癒がはかなげなふわふわの前脚を差し出すと、光弘みつひろは自らの髪をくくっている白く細い髪紐の、ひらひらと踊る極めて長い尾を捕まえ、それをゆいの細い足に丁寧に結わいた。


 「ごめんね。・・・癒に似合う飾りを、何か持っていたならよかったのに・・・・・・。」


 「いいの?」


 「これしか持っていないんだ。だからそのセリフは、きっと俺が言うべきものだよ。」


 光弘みつひろは酷く困った様子で小さく笑ってから、続きを口にした。


 「嫌じゃなければ、これをつけておいて。」


 「・・・嫌なわけないよ。」


 白い蝶の形に整えた髪紐の尾を光弘みつひろが適当な長さに切ると、ゆいはひらりと光弘みつひろの肩に飛び上がった。

 柔らかな身体を酷く心地よさそうに、何度も何度も彼の首筋に摺り寄せる。


 「ありがとう。」


 「飛びにくかったら、すぐに外して。危ないから。」


 光弘のその言葉に、癒はわずかに顎をあげ首を小さく横に振った。


 「大丈夫。もし、これが無くなってしまったら、違う意味で飛べなくなってしまうかもしれないけどね。・・・・・・だってこんなに、幸せなんだ。」


 光弘みつひろは嬉しそうに目を細め、小さなゆいの頭をそっと撫でる。

 片方だけ少し短くなってしまった光弘みつひろの長い髪紐に、ゆいはそっと視線をやった。


 「長さが少し、違ってしまったね。」


 「・・・いいんだ。これで。」


 ゆいは嬉しくてたまらないという弾け飛んでしまいそうな言葉の変わりに、ふわふわの小さな頭を、柔らかく微笑んでいる光弘みつひろの白く滑らかな首筋にギュッと埋める。


 それに応えるように、光弘みつひろが優しく頬を寄せ、かすかに頬ずりをすると、ゆいのしなやかな三本の尾が、ゆったりと幸せそうに揺れた。


 ゆいはひとしきり光弘みつひろに身体を寄せてから、極めて名残惜しそうに口を開いた。


 「行こうか。」



 **************************


 光弘みつひろ楓乃子かのこが草原に戻ると、しょうが苦く笑っているのが目に入った。


 それもそのはずで、楓乃子かのこの行き過ぎた溺愛ぶりを、つい今しがた、これ以上ないほど楽し気に笑っていたはずのあおのことなのだが、なんのことはない、見事なまでに楓乃子かのこと同じ穴の狢であったのだ。


 考えてみれば、すっかり二人の世界に浸りきり、極めて慎重に海神の支度を整えているあおのことだ・・・。


 海神わだつみの肌を人目にふれさせようとしないなどのことは至極当然のことだった。


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