第276話 光弘の支度 4

 楓乃子かのこの言葉はどこまでも真っ直ぐで、偽りなど一切感じられない。


 誠実さで溢れるその言葉には、真実として受け入れてしまいたくなる得体の知れない強い力があるものだから、光弘みつひろは不思議な気持ちで楓乃子かのこの薄い色の瞳を見つめた。


 「他に、聞きたいことはある?・・・なんでも聞いて。」


 「・・・・・・今はもう、大丈夫。・・・・・・少し、羨ましいな。くろの、大切な人か・・・・・・。」


 光弘みつひろの口から思わずこぼれてしまった、正直過ぎる言葉に、楓乃子かのこはこらえきれず前のめりになり問いかける。


 「・・・ねぇ。そんなに黒のことを気にしているのに。・・・・・・聞かないの?彼が近づいてきた理由わけや、彼の過去のことを。」


 楓乃子かのこの言葉に、光弘みつひろは押し黙った。


 迷っているのだろうか。

 『黒の大切な人が羨ましい。』という言葉だけでも、光弘みつひろが酷くその存在を気にしていることは確かなのだ。


 しばらくの沈黙の後で光弘みつひろは笑顔を浮かべ、ようやく口を開けた。


 「・・・・・・黒が望まないことを、知りたいとは思えないよ。」


 光弘みつひろの声は極めて落ち着いてはいるが、彼を知る者であればすぐにわかってしまうだろう。

 明らかにその声は震え、諦めに似た悲壮感に満ちていた。


 「・・・もし、俺の力が彼の役に立つのなら、全部彼の物にしてしまって構わないのにって思ったんだ。・・・それを目的に彼が俺の元に現れたのなら・・・・・・。俺に力が無かったら、結局、彼とは出会えなかったから・・・・・・。」


 光弘みつひろの微笑みがあまりにも哀しく、儚げなものだったから、楓乃子かのこは息も鼓動も凍え切って止まってしまいそうなほどの、極めて大きい衝撃を受けていた。

 そんなことには気づかないまま、光弘みつひろは続きを口にする。


 「ただ・・・・・・。」


 「ただ?」


 「・・・少し、寂しい気がしていただけなんだ。」


 「・・・・・・。」


 「今はすごく嬉しい。・・・本物の彼とこうして、現実でも過ごせるようになるなんて、思わなかったから。」


 光弘みつひろは笑顔で淡い薄水色の飾り紐をキュッと締めると、楓乃子かのこが整えた長く柔らかな髪を手で手繰った。


 「本当は彼の元へ戻りたいけれど、それはきっと、俺だけのわがままだから・・・・・・。」


 「みーくん・・・・・・。」


 「ありがとう、姉さん。ちゃんと答えてくれて。・・・・・・俺も、冥府へ行く。・・・・・・姉さんはいいの?その恰好のままで。」


 澄み渡る早朝の陽の光のような爽やかで屈託のない光弘みつひろの笑顔を前に、楓乃子かのこは言葉に詰まっていた。


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