第275話 光弘の支度 3

 「みーくん・・・・・・。昔語りの中の彼は、かなり強力な存在だっただろう。」


 「うん。」


 「彼が強力であることは本当だ。この天地において、他の誰よりも強い力を彼は持っている。同じ双凶であるあおよりもね。・・・だけど彼だって、初めから強かったわけじゃないんだ。」


 「どういうこと?」


 楓乃子かのこは、少し間を空けてから続きを口にした。


 「彼はむしろ、とても弱い存在だった。・・・一人では生きていけないくらいに。」


 楓乃子かのこの言葉に、光弘みつひろは目を見開いた。


 「信じられない。だとしたらどうやってあんなに強くなれたんだ?」


 「彼がどうやって強くなったのかを、知りたがる者は多い。・・・その力の秘密を手に入れれば、自分も同じように強くなれるかもしれないし、黒を倒し名をあげるための秘密が、そこに隠されているかもしれないからね。」


 楓乃子かのこは不敵な笑みを浮かべ、話を続ける。


 「だけど、この答えを知る者は少ないんだ。・・・そもそも、強くなることに彼は一切、手段を選んでいない。・・・だから、どの方法が彼を今のように強くしたのかと問われれば、それを答えるのは難しいだろうね。・・・・・・だけど、彼が強さを求めた理由は、たった一つだけだ。」


 「それはなぜ?」


 光弘みつひろの問いかけに、楓乃子かのこは目を細め微笑んだ。

 笑っているはずのその表情かおが、なぜか泣いているようにも見えて、光弘みつひろは胸が締め付けられるような息苦しさを覚えた。


 「姉さん?」


 楓乃子かのこは黙ったまま、柔らかな薄茶色の光弘みつひろの髪をそっと撫でる。


 聞いてはいけないことを問いかけてしまったのだろうか。


 そう考え、光弘みつひろが今の言葉を取り下げようと口を開きかけた時、楓乃子かのこの形の良い唇が静かに語り始めた。

 

 「幼い時・・・・・・。独りきりでさまよっていた死にかけの彼を拾い、酷く大切にしてくれる者が現れたんだ。彼にとってその人は、何よりも大切な存在となった。・・・・・・単純だよ。つまり彼はその大切な人を守るために、誰よりも強くなっていったんだ。これ以上力を求める必要なんて、これっぽっちもなくなるくらい・・・とても強くね。」


 楓乃子かのこは言葉を切ると、このうえなく力強い瞳で光弘みつひろの薄茶色の双眸を捕らえた。


 一言一言、光弘みつひろの心に届けるように、楓乃子かのこは言葉を紡ぐ。


 「力を目当てに、彼がきみに近づくなんていうことは、絶対にない。・・・お願いだからもう、不安がらないで。」


 決して大きくはない声で語られる楓乃子かのこの言葉に、光弘みつひろは瞳を震わせながら、静かにうなずいた。


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