第273話 光弘の支度 1

 薄萌黄色うすもえぎいろまゆの中は、滑らかで柔らかい。


 楓乃子かのこの手によって繭の中へと移動させられた光弘みつひろは、靴を脱いだ方が良いものかどうか少し悩みながら声をかけた。 


 「姉さん。」


 「うん?」


 「俺、別に外で着替えても平気だよ。」


 「ダメだ。」


 楓乃子かのこ光弘みつひろの言葉に、瞬きほども時間もかけず、極めて素早い返事を返した。


 まるでわがままを言う幼子のように、余裕なく少し怒ったような表情かおを見せている楓乃子かのこの様子がくすぐったくて、光弘みつひろは思わず小さな笑いをこぼす。


 「ありがとう、姉さん。」


 そういって着がえ始めた光弘みつひろだったが、どうも表情が浮かない。


 楓乃子かのこはわずかに逡巡していたが、結局我慢しきることなどできず、光弘みつひろに問いかけることにした。


 「みーくん。何か気がかりでもあるのか。冥府に行きたくないのか。」


 「違う。行きたくないなんて、そんなことは絶対にないよ。・・・ただ」


 光弘みつひろは、酷くいい淀み、そのまま口をつぐんでしまった。

 その表情かおは一層暗く沈み込み、見ている楓乃子かのこの心までもが、霜が降りたように冷たく強張り始める。


 楓乃子かのこは不安に瞳を揺らしながら、光弘みつひろに慎重に詰め寄った。


 「ただ・・・?」


 「・・・・・・ごめんね。本当は少し、悩んでる。みんなや姉さんと一緒に行きたいのは嘘じゃない。だけどあんな状態の黒を、独りにしておきたくないんだ。本当はすぐにでも戻って・・・・・・彼の傍にいたい。」


 大変気まずい様子で俯いてしまった光弘みつひろの頭を、楓乃子かのこは優しく撫で、ふっと微笑んだ。


 「みーくんは、優し過ぎる。大丈夫。きみが誰を大切に想っていても、私は傷ついたりはしないよ。」


 楓乃子かのこの言葉に、光弘みつひろは苦し気にうなずいた。


 「姉さん・・・・・・。姉さんは随分と物知りだけど。」


 「うん。」


 「黒のことは、知っているの?」


 「・・・・・・知ってるよ。」


 「聞いてもいい?彼のこと。」


 「遠慮なんてしないで、なんでも聞いて。」


 そう言って、楓乃子かのこはその場に座り込むと、光弘みつひろを呼んで向かいに座らせた。

 そのまますかさず結界を張り、二人から時間を切り離してしまう。


 小さく一つ息を吐きだしてから、光弘みつひろは口を開いた。


 「黒は、あおと同じ双凶の妖鬼なんだよね。」


 「そうだよ。」


 「彼のように崇高な存在が、俺のそばにいてくれる理由が、わからないんだ。」


 楓乃子かのこは柔らかく笑い、光弘みつひろの頭をなでた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る