第272話 支度 3

 「なぁ、本当はさ。都古みやこに勝つ気なんて・・・初めからないだろ?」


 真也しんやの口からひっそりと囁かれた秘め事に、しょうは鼻から短く息をもらし、言葉無くただ意味深に微笑んでみせる。

 自分よりもだいぶ背の低い真也しんやの頭をくしゃくしゃにかきまぜると、しょうは強引に話題を変えてしまった。


 「ありがと。真也しんや・・・長い髪、似合ってるって言ってくれて凄く嬉しい。真也しんやの翼もかなりいいな!今度やってみてもいい?俺も。」


 「もちろん、いいに決まってるけどさ。」


 話をそらされた真也しんやは、あえておおげさに口を尖らせてみせたが、瞳は無邪気な光でキラリと楽し気に輝いている。


 光弘みつひろの準備をすっかり整え、仕上げに長く伸ばした薄茶色のなめらかな髪をせっせと結わいていた楓乃子かのこだったが、しょうの言葉の何に反応したのだろうか、ふいに手を止めこちらを見つめた。


 長い髪を躍らせはしゃいでいる無邪気なしょうの姿を、呆然と眺めている。


 「姉さん?」


 楓乃子かのこが手にしていた長く白い髪紐が、はらりと足元に落ちてきたのに気づき、光弘みつひろが不安げに声をかけた。


 楓乃子かのこはハッとして我に返ると、取ってつけたような笑顔を見せ口を開いた。


 「いや。都古みやこが気になってさ。・・・そうだ、こうすればよかったよね。」


 そう言って懐から繭を二つ取り出し、都古を手招きする。


 「着替えるのなら、ここに入るといい。男どもはいいだろうがきみは違う。」


 「ありがとう。」


 楓乃子かのこからのありがたい申し出に、都古みやこは微笑んだ。

 彼女の言う通り、どこで着替えたものかと少し悩んでいたのだ。


 誤った行動には決して流されない芯の強さがあるのに、都古は変なところで酷く慎ましい。


 ほっとした様子で楓乃子かのこに感謝を伝えている都古みやこの、こずえから零れ落ちるささやかな光のような笑みに胸をくすぐられ、真也しんやは思わず目を細め口角をわずかに上げた。


 「あれ?」


 しょう楓乃子かのこの手にした繭玉に目をとめ、首をかしげる。


 「一つは都古みやこので、もう一つは?」


 「私とみーくんのだ。決まっているだろう。」


 言うが早いか、楓乃子かのこはふんっと鼻を鳴らし、瞬く間に光弘みつひろを連れて消えてしまった。


 光弘みつひろしょう都古みやこの三人は、あっけにとられて顔を見合わせた。


 「ゆいのやつ、ちっとも変わらないじゃないか。光弘みつひろだって俺らと同じ男なのにさ。」


 しょうが酷く呆れた様子で言うのを、あおがさもおかしそうに笑った。

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