第270話 支度 1

 楓乃子かのこは「全く信用ならないね」と漏らし、ふんと鼻を鳴らしているが、その両手はいち早く行動を開始しており、すでに3度も光弘みつひろの髪の色を変化させていた。


 楓乃子かのこの心の内が酷くはしゃいでいるのは、誰の目にも明らかだ。

 あおは思わず噴き出しそうになり、慌てて唇をきつく結んだ。


 腹を抱えて思う存分笑いたかったが、ここであえて楓乃子かのこの機嫌を損ねる必要はないだろう。

 あお海神わだつみの首筋に顔を埋めると、気持ちを落ち着けようと、何度も深い呼吸を繰り返した。


 「危険な真似は無しだ。」


 楓乃子かのこは極めてきつい口調であおに念を押した。

 そうはいっても光弘みつひろの瞳の色や髪の長さなどを自在に操り続けている楓乃子かのこは、やはりこのうえなく上機嫌である。


 真也しんやしょう都古みやこも、各々、自らに懐いている毛むぐりに変化へんげさせ、耳を尖らせてみたり、羽を生やしてみたりと忙しない。


 しばらくの間をあけ、苦労の末にようやく笑いの虫を収めたあおは、極めて冷静な様子を装い楓乃子かのこへ問いかける。


 「手伝えよ。きみももちろん行くだろう?」


 無意識だろうか。

 楓乃子かのこは不安げに光弘みつひろに目をやった。

 そこにこれ以上ないほど心細げに揺れている光弘みつひろの瞳を見つけ、柔らかく微笑む。


 「答えたほうがいい?」


 「いや・・・。聞いたボクが馬鹿だった。」


 そう話しながら、あおも好き放題に海神わだつみを変化させている。


 からすの濡れ羽色が美しい、海神わだつみの艶やかな黒髪を自分と同じように左に寄せ高い位置で括り、青い紐を飾り付けすっかりご満悦だ。


 「匂いやなんかに敏感な奴も多い。悪いが色々と調整させてもらうよ。・・・服は、これでいいだろう?」


 言いながら、あおが揃いの青い服と袴を出してやると、楓乃子は片方の眉を吊り上げ、光弘みつひろと自分のものだけ瞬く間に黒と白に染め変えてしまった。


 あおはそれしきの暴挙には全く動じなくなっている。

 なんといっても、楓乃子かのこの中身は、あの黒なのだから、いちいち反応していてはキリがないだろう。


 もはや楓乃子かのこには構わず、あお海神わだつみに薄い羽織をかけてやる。

 「そうだ」とつぶやき、懐からつるりとした仮面を二つ取り出したあおは、一方を海神わだつみに手渡した。


 渡された海神わだつみの方は、小さくうなずいて何やら妙に意味ありげな様子だ。


 「それは?」


 繊細な美しい女の表情かおを模した白い仮面に目をとめ、真也しんやが問いかけると、あお海神わだつみの長い髪を整えながら苦く笑った。


 「うん。実はさ、前に失敗してちょっと面倒なことになっちゃたんだよね。だからボクと海神わだつみは、今回これを使う。」


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