第268話 蒼の館 20

 思いがけない黒の言葉に、あおは面食らい、言葉を失ってしまった。

 黒は視線を外しこのうえなく気だるげに伏せると、呆れた様子でさらりと言ってのける。


 「言ったでしょ。強くなりたいのなら、方法を教える。きみが自分の力を不安に思うのなら、いつでも聞きにくればいいって。」


 あおは、黒の言葉から、どうやら彼が本気で自分たちの力になろうと心に決めているのだと感じた。

 胸がつまりそうになり、思わず赤裸々な言葉が口を突いて出る。


 「黒・・・。君は、あまりにも心根が良すぎる。見ていて凄く苦しくなるよ。」


 だが、そんな恥を知らない言葉を、黒が素直に受け取るはずもない。

 瞬時にへそを曲げ、目に入れるのも嫌だという目つきであおを厳しく睨みつけた。

 このうえなく不機嫌そうにふんと鼻を鳴らすと、取ってつけたような言葉を口にする。


 「・・・ねぇ、いつまで僕一人に子守をさせておく気?」 


 それだけ言うと、もうそれ以上口を開く様子は見せず、そのまますっかり顔を伏せ寝たふりをしてしまった・・・・・・。



***************************


 「・・・・・・これは。」


 子供たちの元へ戻った海神わだつみあおは、彼らの呆れた成長ぶりに、思わず目を丸くし、互いに目くばせをした。


 「君達、すごいなぁ。よくここまで辿りついたね。」


 この子供たちは、つい先ほど指先に力をまとわせる方法を知ったばかりである。

 まだ目の開いていない仔猫のごとく、このうえなく初々しいはずのその子供たちは、酷く落ち着いた様子で二人一組に分かれ、柔らかな草原に座り込んでいた。


 真也しんや光弘みつひろの手元には、彼らがそれぞれ作り出した一抱えほどの広さがある、小さなドーム状の網がある。

 中では数匹ずつ囲い込まれた毛むぐりが、出口を探しグルグルと凄まじい速度で動き回っている。


 「都古みやこ・・・俺、もう限界。」


 「・・・うん。」


 「・・・いくよ。」


  真也しんやの呼びかけに答え、傍らで座禅を組んで意識を集中させていたらしい都古みやこが、真剣そのものの表情かおで網に手をかざす。


 ぼんやりと覆うようにもう一つの網の囲いができあがると、都が口を開いた。


 「・・・いいぞ。」


 真也しんやが玉のような汗を流しながら、倒れ込むように寝転び、息を荒くして空を仰いだ。

 途端に内側の檻は跡形もなく姿を消し、都古の作る新しい檻が、再び中の者たちを囲い込む。

 毛むぐりたちは、キーキーと文句を叫びながら、新しく現れた檻の中を再び追いかけっこでもするように転げまわり始めた。


 海神わだつみあおが戻ったことに気づくと、真也しんやは酷く嬉しそうにニカリと笑って迎える。


 「おかえり。」


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