第266話 蒼の館 18

 「・・・謝るな。悪いと思うなら初めからしなければいい。きみは僕にそのことが足りていないと思ったから、大きな世話をやいた・・・それだけ。気味の悪い言葉は必要ない。」


 黒は腕を枕にふせ、このうえなく気だるげだ。

 これ以上語る気があるのかないのか、考えに耽っているようでも、しょんぼりと落ち込んだようにも見える。


 二人のやり取りを瞳だけ動かし見つめていた海神わだつみは、目を伏せると深く長い息を吐き、仕切り直すように口を開いた。


 「話が変わってすまないが。私にも少し、話しておきたいことがある・・・・・・。」


 「うん。」

 「なぁに?」


 互いの返事が重なったことに若干の不愉快をにじませ、思わず悪口を吐き出しそうになりながら、あおと黒は海神わだつみに目を向けた。


 「・・・一つだけ、私に預けて欲しいことがあるのだ。」


 前触れなく吐き出された海神の真剣な言葉に、あおと黒は、それまでじゃれ合いつづけていた口を完全につぐんだ。


 「久遠くおんの・・・父のことだ。」


 黒はほんのわずかに目を細め、「あれね・・・」と小さく漏らし、あおは表情を険しくさせた。


 宵闇の作り出した黒一色の世界・・・・・・。

 子供たちが立ち去った後に、あの場を訪れた者がもう一人いた。

 ・・・・・・久遠くおんの父だ。


 数百年前・・・。

 自らの故郷を滅ぼし、姿を消していた久遠くおんの父。

 彼の自我は完全に消し去られ、精神を何者かに乗っ取られていた。

 彼の内に潜む者は未だ得体が知れない。


 ただ者ではないことは確かなのだが、妖鬼であるあおと黒にも、神妖である海神わだつみにもそれと思い当たる者はいなかったのだ。


 そしてあおの苦い表情に繋がるもう一つの、不可解でありあおにとっては極めて不愉快な点。


 数百年前。

 海神わだつみ久遠くおん翡翠ひすいを救い出した時に、一度だけ久遠くおんの父と会っている。


 この出会いが最初であり、これ以外に言葉を交わした記憶などない。

 だが久遠くおんの父は、このたった一度しかまみえたことのない、しかもかなりの時を隔てて偶然再会したはずの海神わだつみに、ひどく執着してみせたのである。


 闇の世界に現れた久遠の父は、こともあろうか海神わだつみに「自分のものになれ」などと、冗談にしては全く笑えない不吉な言葉を吐いたのだ。


 もちろんそんなことをあおが聞き流すことなどできるはずもなく、結局怒りにまかせて強烈な一撃を炸裂させた。

 彼のその攻撃にまかれたように見せかけ、宵闇よいやみと不気味な腕とともにその男は極めて不愉快な謎を残したまま、姿を消してしまったのだ。


 しかしながら、黒とあおにとって、この男の存在はさほど大きな驚きとはなりえてはいなかった。


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