第265話 蒼の館 17

 「呆れた。下品で何が悪いんだ。」


 あおは心底あきれ果てた様子で、海神わだつみを抱えていない方の手の平を上に向けると、肩をすくめて続きを口にする。


 「品なんてものを気にしていられなくなるほど一途な光弘みつひろの想いに、きみはもう少し敏感になるべきだろう。・・・疎いにもほどがある。君がこのまま変わらないというのなら、光弘みつひろ少年は、極めて不幸だと言わざるを得ないね。」


 あおの言葉に煽られ、黒はすかさず極めて生意気な笑みを口元に浮かべて答える。


 「はっ・・・。海神わだつみの本心に気づくまでに、きみはどれだけ長い時間を要した?・・・遅疑逡巡ちぎしゅんじゅんの規範のようなきみに説教いただけるとは、まさに光栄の極みだ。・・・僕が疎い?極めて鈍いきみに、何がわかる。」


 「まだ分からないのか?君ってやつは本当に自分勝手な奴だ。・・・ボクが極めて鈍いんだとしたら、きみは尋常じゃなく疎いということだね。きみはいつだって、自分のことしか考えてないだろう。」


 「僕が?」


 「そうさ。・・・きみ光弘みつひろを何よりも優先するくせに、あの子の不安はすっかり棚に上げて向き合おうとはしていない。本当にあの子が大切なら、きみは君自身を、もっとずっと、大事にすべきなのに・・・・・・。」


 あおは心の中でひっそりと、「それは光弘みつひろにも言えることなんだけどね」と小さく舌を出した。

 だが、そんな心の内はお首にも出さず、水面に広がった波紋がすんと消えゆく時のように、にわかに表情を改めると、真剣な様子で続きを口にする。


 「きみの優しさは・・・、あの子には辛すぎる。・・・傷だらけのきみを抱えて、あの子が何を想っていたかくらい・・・ボクにだってわかる。」


 「・・・・・・。」


 「ボクだったら耐えられない。自分の知らないところで、何も分からないうちに、海神わだつみが独りで苦しんで傷ついているなんて。」


 黒は表情をけわしくしたまま固まった・・・・・・。


 光弘みつひろの目に辛すぎる情景を焼きつけさせ、心を乱すさらなる要因をつくった張本人はあおなのだが、幸いそのことを黒が追及するつもりはなく、またあお自身はすっかりそのことを忘れてしまっている。


 なんとなく気まずいような沈黙が続き、海神わだつみが耐えきれずあおの袖をくっと引いた。


 あおは「ごめんね。・・・ありがとう。」と優し気な声音で海神わだつみにささやくと、仕切り直すように大きく息を吐き出した。


 「黒、悪かった。意地の悪い言い方をして。・・・少し、苛ついたんだ。きみがあまりにも自分のことを、粗末にばかりするから。」


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