第264話 蒼の館 16

 「さぁ。必要なことは聞いた。念を繋いでさっさと子供たちのところへ戻ってやろうか。」


 「・・・うん。」


 海神わだつみの頭を包み込むように数回撫でてから、このうえなく名残惜しそうに身体を離し、あおはようやく黒と向き合った。


 見つめ合う二人は、黒と青の澄み切った瞳をまるで極上の宝玉のごとく赤くきらめかせる。

 再び互いの色を取り戻すと、あおは小さく息を吐いた。


 「黒。遠慮はいらない。必要な時はすぐに呼べ。」


 あおが言うと、黒はふんっと小さく鼻を鳴らす。

 見事なまでにひねくれ切った黒の様子に、あおは呆れた口調で続きを口にする。


 「きみときたら、全く幼子のようだな。きみに不自由はさせない。・・・光弘みつひろは気が向いた時にいつでもここへ来れるようにしてある。きみは常に光弘みつひろと共にいられて満足しているかもしれないが、彼はそうじゃないからね。」


 「どういう意味?」


 黒は傷ついた瞳を揺らし、あおを見つめた。


 どうやら言葉尻を取り違えてしまったようだ。

 くしくも黒は、「お前は常にゆいとして傍らにいられることを喜んでいるが、光弘みつひろはそうは思ってはいない」と言われたものと、受け取っていた。


 初めて黒が見せたあけすけすぎる動揺に、あおは親しみを覚え、優し気な微笑みを浮かべた。

 同時にあおは、黒のこの仕草から、一つの事実を確信している。


 光弘みつひろの心のうちを黒が正確につかめていないということは、ある一つの真実を赤裸々にさらしてしまっているのだ。


 黒は光弘みつひろから名づけを受けたが、彼に対して名づけてはいない・・・・・・。


 特にそのことには深い興味を示すことなく、あおは続きを口にした。


 「安心しろ。君が思っているのとは全く違う意味だよ。」


 「違う?」


 「光弘みつひろは、黒・・・君との時間をとても大切に想っている。今君と離れているこの瞬間も、きみの身を誰よりも案じているし、酷く会いたがってるんだ。」


 黒はかすかに眉を寄せた。

 このうえなく切なげな表情かおで蒼を見つめ返す今の彼は、あまりにも無防備だ。


 「君は光弘みつひろを慕っているのに、光弘みつひろきみを必要としていることには気づけないんだな。・・・・・・今彼とともにいるのは、ゆいだろう。・・・黒、きみじゃない。」


 「……。」


 「きみ光弘みつひろに全てを伝えていないんだろう。彼はゆいきみが同じ者であることを知らないんだ。それなら、彼がきみに飢えるのは当然のことじゃないか。」


 あおの言葉に黒は横目で彼をにらんで口を開いた。


 「あの人に対して、品のない言い方をするな。」 


 その言葉を小石でも蹴飛ばすように軽く笑い飛ばすと、あおは続きを口にする。


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