第263話 蒼の館 15

 海神わだつみの首元にはあおの形の良い唇が咲かせた小さな紅い花が可憐にちりばめられている。


 その花が咲いたのが、黒が鞭打たれているそのさなかであることに、黒はきづいていた。


 真冬の夜空に星をちりばめたような黒の瞳には、「僕があんなことになっている間に、君達は一体なにをしていたんだろうね。」とありありと書かれてはいるが、同時にこのうえなく面白がってもいるようで、あくまでも楽し気な様子だ。


 興味深げに瞳を煌めかせている黒に向かい、あおはため息交じりに口を開いた。


 「黒・・・君ってやつは、なんて目ざといんだ。・・・おい。あまり海神わだつみを見るな。見世物じゃない。」


 自らの身体を盾に、あおが黒の視線から海神わだつみを隠してしまう。

 黒はあえて目を大きく開いて見せた。


 「本当に君の口はよく回るものだね。僕が激痛にもだえている間に、好き放題お楽しみだったというのに。」


 黒は片方の眉を上げ、続きを話す。


 「きみがもし運悪く、良心や恥じらいなんていうものを持ち合わせていたなら、恐らくは無神経なことであったと、ことさら申し訳なさそうにすべきところだろう。それなのに・・・気を落とすどころか、僕のことを一層悪し様にののしれるなんて。本当に、君の面の皮の厚さときたら、まさに感服に値する。」


 黒の言葉を静かに聞いていた海神わだつみは、耳も尻尾も何もかもを萎れさせてしまった仔犬のように、これ以上ないほどしょげ切って口を開く。


 「・・・すまない。」


 「海神わだつみきみに言ったんじゃない。そこの青い奴の恥じらいのなさを心の底からほめているだけ。大方、堪え性のないそいつが時を止めて、思うがまま、きみに振る舞ったんだろう。」


 「・・・・・・。」


 黒の背中を見つめ、沈んだままでいる海神わだつみに、黒は楽し気にふっと笑った。


 「勘違いしないで、少しからかっただけだよ。僕は別に怒ってない。君達はそのままでいい。」


 終始このようなやりとりをしているあおと黒だが、海神わだつみは二人の間に固く細いしなやかな繋がりができたことにきづき、複雑な想いを抱えていた。


 そもそもが、黒があおを信頼していることは明白だ。


 そうでなければ、このようにあおの館に身を置き、光弘みつひろに力の大半を預け、ゆったりと養生することなど、とてもではないができないはずなのだから。


 海神わだつみは確かに、黒があおを信頼しているという事実を嬉しく感じている。

 だがその一方で、剥がれかけのささくれをさわさわと煩わしく撫でられているように、心がわずかに乱れ続けてもおり、酷く戸惑っていた。


 痛みをこらえているのだろうか・・・・・・。

 黒の笑みにわずかに陰りが見えたように感じ、ひんやりとした不安を覚えた海神わだつみは、口を開きかけた。


 だが残念なことに、ちょうど機を同じくしたあおの言葉に、先を越されてしまう。

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