第262話 蒼の館 14

 わずかな沈黙ののち、淡い笑みを浮かべた黒が静かに答えた。


 「・・・・・・与えられた知識ではない。」


 「まさか・・・・・・。」


  あおはその先の言葉をのみこんだ。

 黒の口元に浮かぶ優し気な笑みが、何よりも雄弁に語っている。


 「僕も・・・最近知ったばかりなんだ。」


 知識ではない。

 黒は自らが体験したことを、伝えているのだ・・・・・・。


 その事実を知り、あおの中で以前感じた違和感がするりとほどけた。


 あおは、黒がここ最近驚異的に力を増したと感じていた。

 それが光弘みつひろと名づけを行ったためであったのだと分かった。

 恐らくは、精神体同士で・・・・・・。


 驚きからだろうか・・・。

 海神わだつみは無言のまま、ただ静かに瞳を揺らしている。

 

 黒は真っすぐ海神わだつみを見つめ、かすかに唇を震わせ何かいいかけたが口をつぐんでしまった。

 言葉を抱え逡巡しているさまが、ありありとうかがえる。


 結局、深く哀愁を含んだ黒曜の瞳をしっとりと揺らし、黒は決心して口を開いた。


 「・・・海神わだつみ。あんな言い方をして・・・悪かった。君を、傷つけたくて言ったわけじゃない。龍粋りゅうすいが君を愛した時点で、きみは僕にとっても、かけがえのない大切な者になっていた。・・・・・・それは今も変わらない。」


 「黒・・・?」


 突然、心のこもりきった謝罪の言葉を贈られた海神わだつみは、少々混乱して頭を傾ける。


 黒はこの話題を引き延ばすつもりはないのだろう、寂しげな笑みを腕の中にひっそりと残し、一転表情を改め少しばかり生意気な顔つきに戻って口を開いた。


 「言っておくけど。・・・・・・強くなる方法は一つじゃない。かなりの荒療治になるが、他にも方法はある。興味が湧いたのならいつでも教える。声をかけて。」


 黒の言葉に、あおは言うべきことを思い出し、思わず少し大きな声を上げた。


 「そうだ!伝えると言えば、黒、きみ宵闇よいやみと対峙した時、ボクを呼んだろう。あんな虫の知らせのような些細なもの、気づかなかったらどうするつもりだったんだ。ボクが邪魔者の気配にかなり神経をとがらせていたからよかったようなものの、普通あんなもの気づかないぞ。面倒だから今のうちに念を繋げておこう。」


 「・・・邪魔者ね。確かに、僕が鞭打たれている間、君たちはどうやら随分とお楽しみだったみたいだ。邪魔をされたくはなかっただろう。・・・いいよ。念を繋いでおこう。その方がどうやら、都合がいいらしい。」


 黒が再び海神わだつみの首元へ目をやり、この上なく面白いものを見たかのようにふっと笑うのを見て、ようやくあお海神わだつみもその理由に思い至った。


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