第260話 蒼の館 12

 「言ったはずだよね・・・・・・。僕は怒らない。・・・・・・言えよあお。本気で海神わだつみを守りたいのなら、知らないフリはするべきじゃない。・・・・・・きみ、本当はもっと色々と知っているよね。」


 黒の指摘にあおは大きく息を吐き出すと、両手の手のひらを上に向け肩をすくめた。


 「・・・どうやらボクが間違えたらしい。・・・恐らくきみ、袋に入っている間の緑紅石りょくこうせきのことを言っているんだろう。」


 あおが言うと、黒は「分かっているじゃないか」と言うように目を輝かせ、顎を軽く上向けて続きを促してくる。


 「おい、言っておくがボクを責めるなよ。別に悪意があって伝えなかったわけじゃない。きみが何を知りたいのか、どこまで知りたいのかも分からないんだから・・・・・・。まさかきみ・・・石の記憶を、その日何度転がったか、なんてことなんかも含めて全て知りたいわけじゃないだろう?」


 顔をしかめるあおに、黒は興味深そうな視線を向け小さくうなずいて答える。


 「なるほど。確かに君の言うことには一理ある。そうだね・・・僕が詳しく知りたいのは、緑紅石りょくこうせきを投げ捨てた前後のことだ。きみの推測どおり、僕にも石の中にも、そのあたりの記憶はない。」


 「だとしたら、ボクの話もあまあり役には立たないかもしれないな。ボクが知りえた緑紅石りょくこうせきの記憶はかなり短いんだ。」


 「短い?僕が石を手放してから君の元へ渡るまで、さほど時間を必要としなかったということ?」


 「ああ。少し細かく説明する程度になってしまうだろうね。・・・・・・石を投げ捨てた時、きみはかなり酷いケガを負っていた。袋の中まで血がしみ込んで中の石を滴るほど濡らしてしまったくらいだから、相当だ。・・・意識も朦朧としていたし、正直、何を言っているのか聞き取るのが難しいほど、きみは錯乱してもいたんだ。」


 「・・・・・・。」


 「・・・君の血に含まれる妖鬼の香りがよほど魅力を放っていたんだろう。恐らく、大樹の付近に潜んでいた穢れ堕ちだろうけど、転がった袋に群がり奪い合いを始めたようだった。うなり声と争う激しい音がしばらく続き、その間に石の一つは転がり出てしまったんだ。しばらくそうして争っていたけど、結局羽のあるものが咥えて飛んだんだろう。羽音が響き静かになった。ま、それもそう長く続くことなく、止んだけどね。10分かそこらといったところだろう。落とされた気配があったから、しばらく羽ばたいたところを何かに襲われたんだ。」


 「それだけ?」


 「そうだね。落ちた後は特に変わった音も聞こえなかった。袋の血が眩しいほど鮮やかな赤に色を変え、また再び色味を落ち着かせたところで石は止まった。ボクが手にするまで他に袋に触れた者はいない。」


 「つまり、僕が石を捨ててから君が拾うまで、誰も石に触れた者はいなかったということ?」


 「穢れ堕ちを除くっていうなら、そういうことになるだろうね。」


 黒とあお海神わだつみは、互いに視線を交わした。


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