第257話 蒼の館 9

 「あお。君の言うように、いっそこの子わだつみを、見る影もないほどぼろぼろに痛めつけて、何よりも残忍な方法で殺してしまえたのなら・・・少しは気が晴れたのかもしれないね。」


 黒の言葉に偽りはないのだろう、黒曜の瞳は光を失っている。


 「でも・・・できなかったんだ。だから代わりに、海神わだつみ・・・きみの記憶を封じた。」


 黒の言葉に、あおの腕の中、身を固くしたまま、海神わだつみは口を開いた。


 「なぜ、私を殺さなかった。」


 「さあね。あの時の僕は酷く弱っていたし、きみは確かに、師である龍粋りゅうすいの心を継いでいたんだ。それに・・・」


 「・・・それに?」


 黒が微笑みをうかべ、小さく海神わだつみを手招きするものだから、あおは仕方なく彼を離してやった。


 黒は口に手をやり、海神わだつみの耳元へと口を寄せる。


 こっそり伝えたところで、名づけを行えば全て自分には知れてしまうのに、一体なんでこんな無駄なことをするんだ?


 そう思った瞬間、嫌な予感があおの頭をよぎる。

 とっさに海神を引き寄せたが、間に合わなかった。


 黒は短い音を立て、海神わだつみの頬に口づけを落としたのだ。


 「おい!何を!」


 浄化の術ですかさず触れた場所を清め、それでは全く足りないと、服の袖で海神わだつみの頬をごしごし擦りながら、あおは鋭い殺気を放ち怒鳴った。


 黒は一瞬視線を鋭くしたが、すぐに小さく笑い、先ほどの続きを口にした。


 「2千年前のきみも、とても素直で可愛かったから・・・かもね。」


 「黒!」


 あおがもはや辛抱ならないと殺気をさらに強めると、黒は顎を上げつまらなそうにそっぽを向いた。


 「冗談だ。・・・・・・そんなにこすってやるな。腫れてしまうよ。」


 もう一切の信用は無くなったと言わんばかりに、あお海神わだつみを自分の後ろへとすっかり隠してしまう。


 あまりにもあけすけすぎるあおの行為を黒は鼻で笑うと、再びあの生意気そうな表情かおで口を開く。


 「それより、さっきの君の緑紅石りょくこうせきの話で、一つ聞きたいことができた。」


 「嫌だ。きみなんて嫌いだ。もう教えない。」


 「きみは、本当に面倒な奴だな。」


 あおの子供じみた反応に、黒はため息をついた。

 自分がどれほどのことをやってのけたのかなど、すっかり棚に上げている。


 「海神わだつみが大切なら教えろ。さっきのことは謝る。」


 あおは不信感を隠さず怒りをむき出したままの視線を黒にむけたが、しぶしぶ口を開いた。 


 「もう二度とするな。君も妖鬼ならわかるだろう。いい加減理性じゃ抑えきれなくなる。・・・・・・ボクが知っていることなら答えてやる。聞きたいことはなんだ。」


 「あの石は、一体どうやって君の元へ・・・照射殿へやってきた。」


 黒の質問に、あおはすっと目を細めた・・・・・・。

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