第255話 蒼の館 7

 そんな海神わだつみの切ない心の内など知る由もない黒は、生意気そうに目を光らせ、わずかに顎をあげると、痛みなどないかのように平然としたまま、子供のように得意げな表情かおで口を開いた。


 「君の言う通り。僕は黒であり、ゆい・・・そして楓乃子でもある。・・・器にどうやってなじんだか?・・・その答えは簡単だ。・・・転生したのさ。」


 この言葉に、あお海神わだつみは仰天した。

 

 「転生!?ありえないっ・・・・・・。確かに、そうだとすればゆいが君となれたことの謎は解ける・・・。なじむも何もないんだ。正真正銘、きみ自身なんだから。だが・・・だとしたら黒。きみは・・・命を落としたっていうのか?」


 「何がありえないの?僕は不死じゃない・・・・・・。なにもおかしくはないでしょう。」


 不機嫌そうに眉をよせた黒の言葉に、あお海神わだつみは顔を見合わせた。


 他の誰がそうであっても不思議はないが、それが黒となると話は全く別といっていいだろう。


 彼が命を落としたという話などもちろん聞いたことがない。

 それに、一体何をどうすれば、これほどまでに他を圧倒する力を持つ彼が、死に直面することなどできたというのだろうか。


 黒に手を出す身の程知らずなどいるわけがないし、そんな狂った勇者がいたとしても、そいつがそれを考えた瞬間にはすでに黒自身の手によって、跡形もなく吹き飛ばされているに決まってる。


 考えられる死の理由として思いつくものは、一つしかなかった。


 凍えるほど冷たい血液が全身を一気に走り抜けたかのような悪寒が、全身をぞわりと粟立たせる。

 あおは硬い声で黒に問いかけた。


 「・・・自ら・・・命を絶ったのか。」


 低く吐き出されたその問いかけに、黒は顔色一つ変えることなく、つまらなそうに答える。


 「・・・さあね。どうやって死んだかなんて、いちいち覚えてはいないよ。・・・興味がないんだ。」


 いくらなんでもそんなわけがあるはずはないだろう。

 だが、黒にそういわれてしまえば、あお海神わだつみは口をつぐむしかない。


 肯定も否定もしない黒の柔らかな声は、彼らがこれ以上踏み込むことを酷く拒絶しているのだ。


 たとえあお海神わだつみの知りえない重大な何事かが、黒の過去にあったのだとしても、黒自身がこの話題をさけている以上、これを無理に追及すべきではない。


 それをするということは、ただ自らの好奇心を満たすために、他人の家に土足で上がり込んで戸を蹴破って荒らしまわるのとなんら他ならないのだ。


 それは、あまりにも無神経で軽蔑すべき恥知らずなことである。

 あお海神わだつみも毛頭、そんなことをする気はなかった。


 あおは吐き出したい問いかけを無理やり喉の奥に飲み込んだ。


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