第254話 蒼の館 6

 この黒という男は一体なにをきっかけに、殺気を放っているのか海神わだつみには全く理解ができなかった。


 親し気な様子で語らいながら、すました顔をして、偽りのない鋭い殺気を放ってくる。


 その殺気からとっさにあおをかばったが、腹に凍える刃を刺しこまれ五臓六腑をぐちゃぐちゃとかき乱されるような殺気にさらされた海神わだつみの指先は戦慄を覚え、まだわずかに震えていた。


 緊張で冷たくこわばった海神わだつみの指先を、そっと手の平に握りこんでから、あおは口を開いた。


 「生まれたてのくせに妖月よりも偉そうにしている神妖なんて、普通じゃない。初めから、ゆいは君と深くかかわる者だろうとは思っていたけれど、まさか本人だとは思わなかったな。」


 「・・・・・・残念だ。君はもっと愚かな奴だと思っていたのに、僕の予想は外れたね。君は案外、賢い。」


 黒が言うと、あおは顔をしかめ口を開いた。


 「だといいんだけど、実は全く分からないことも多いんだ。・・・癒は君の作り出した化身じゃないだろう。君の強大すぎる妖気をあの幼い神妖の器を壊さずに、どうやってなじませたのかは、いくら考えたってボクにはわからない。」


 あおは片方の眉をあげ、お手上げだという仕草をしてから続きを口にした。


 「支配して操ることはたやすいだろう。だけど、憑依となると全く別の話だ。きみほどの者が憑依するとなればその器となれる者は、かなり限られるはずだからね。」


 あおが口に出した言葉はこれだけだったが、実のところ彼には、黒の憑依を疑いたくない本音があった。


 憑依し身体を持ち主に返さないということは、つまり元々のゆいという神妖の赤ん坊を殺し、その身体を乗っ取ったということになるのだ。


 緑紅石りょくこうせきの記憶や、短い間とはいえ黒本人と直接かかわったあおは、彼がそのような下劣な行為を好む男だとは、既に思えなくなっていた。


 先ほどあおから黒の過去の話を聞いた海神わだつみも、あおと気持ちを同じくしている。


 乱れた呼吸を無理やり整えると、黒は、痛みにうめきそうになる喉にぐっと力を込め、やっとといった様子で身体を起こす。


 海神わだつみが彼を支えようと手を差し出したが、黒はわずかに微笑み首を横に振って、その手をやんわりと押しとどめた。


 生身の人であれば、気が狂うほどの痛みだ。

 さらには、煮えたぎる熱をもった血潮が黒の全身を好き放題にどくどくとかけめぐり、一層彼を苦しめているに違いなかった。


 このような状態になってまで、ささやかな支えすら一切受け入れようとしない黒の姿に、海神わだつみは胸が痛んだ。


 この男は、これまでもずっとこうして独りで立ち上がり、時を過ごしてきたのだろうか・・・・・・。


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