第253話 蒼の館 5

 唐突に話題をはぐらかされ、あおは怪訝に思ったが、どうやら黒にはこれ以上この話を引き延ばす気はないのだと気づくと、つまらなそうに短く息を吐き、海神わだつみを抱く腕にわずかに力を込めた。 


 黒は睦まじい二人の様子をじっと見つめている。

 黒の黒曜の瞳の奥は静まり返り、真冬の星空のように澄み渡っていて、このうえなく美しい。

 光弘みつひろと離れていることに、にわかに寂しさを感じているのだろうか。


 複雑な感情を押し殺すように腕に顔を埋めると、黒はささやくような小さな声で蒼に向かってつぶやいた。


 「君の気を悪くしたつけは・・・いつか払うよ。」


 「ん・・・・・・?きみ、今何て?」


 「なんでもない・・・。緑紅石りょくこうせきを手に入れていたなんて・・・どうりで、君はあまりにも知りすぎていたわけだと感心していただけ。・・・僕のことよりも、きみ海神わだつみを気にするべきだ。力を込め過ぎている。彼が苦しそうにしているよ。」


 黒は目を細めると、腕を枕にぐったりと身体の力を抜いた。


 「苦しかった?」と慌てて海神わだつみに声をかけているあおをくすりと笑いながら、黒は先ほどの彼の言葉を思い起こしていた。


 照射殿で見つけたということは、見失った緑紅石りょくこうせきは冥府にあったということだ。


 この事実は、黒の中に新たな疑問の影を落としていた。


 石を失った当時・・・。

 黒は、冥府へおりたことが一度もなかったのだ・・・それなのになぜ石だけが冥府に落ちていたのだろうか。


 何かがうっすらと繋がりそうな感覚に必死で糸の先をつかみ取ろうと試みる。

 だが、か細く儚いその糸は、黒の全身を暴れまわっている熱と痛みとに、簡単にかき乱されぷつりと切れてしまうのだ。


 手に触れそうになるたびするりとすり抜けていくもどかしさに苛立ちを募らせ始めた黒の思考を、あおの言葉が唐突に遮った。


 「なぁ。ボクも君に聞きたいことがあるんだけど。・・・・・・その石の記憶は大分前のものだからね。現在いまのことを知ることはできないんだ。」


 「・・・・・・何を知りたいの?」


 「・・・・・・黒。きみは・・・ゆいなんだろう?それともゆいが、きみなのかな。」


 黒は口元に薄い笑みを浮かべた。

 表情は変わらず柔らかかったが、張り詰めた糸のような殺気を隠そうとしていない。


 海神わだつみは眉をぴくりと震わせ、あおを自分の後ろへさりげなく押しやった。


 あおは驚いてわずかに目を見開いたが、海神わだつみが自分をかばおうとしているのだと気づき、このうえなく幸せそうな笑顔を浮かべる。

 「大丈夫だよ」とささやくと、逆に海神わだつみを自分の腕の中に隠してしまった。


 「ねぇ。・・・なぜ、そう思うの。」


 物騒な殺気を纏ったまま、黒は相変わらず興味津々といったようすの輝く瞳を向け、あおの話に耳をかたむけてくる。


 「『真也のおかげで命逢みおが見えた』と、君は言った。あの時、あの場に君はいなかったのにね・・・。それに、生まれたての神妖にしてはゆいは力がありすぎる。君、今は癒に、妖気のほとんどを託しているだろう。きみの力が酷く弱いのはその傷のせいだけではないはずだ。それに、なによりあいつは・・・・・・」


 「あいつは?」

 

 あおが束の間ためらいをみせると、黒がすかさず殺気を強め、先を促してきた。

 あおは顔をしかめ、どうとでもなれといった口調でハッキリと口にした。


 「あいつは・・・いつだって、他の誰よりも一番、偉そうだったじゃないか。」


 黒は殺気を解くと、ふっと笑った。


 二人の穏やかなようすに、海神わだつみもようやく気を緩めていた。

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