第252話 蒼の館 4

 恐らくあおは、どこかにうっかり落ちていたこの石を拾い、結界の中にでも囲い込んでいたのだろう。

 囚われの石が黒の死に気づくことはできないのだから、当然、彼の元へ戻ることなどあるはずもなかったわけだ。


 石はあおの懐で黒の死をしることなく、安穏と過ごしていたのだから。


 しかし、そのこととは別に、黒にはどうしても腑に落ちないことがあった。

 いぶかし気に目を細め、続きを口にする。


 「ねぇ。この石が君の手元に渡ったとしても、保管した記憶を読み取れるのはボクだけなんだ。なぜ、きみはこれが僕のものだとわかったの?」


 黒の問いかけに、あおは「なぜそんな面倒なことを気にするんだ?」と言いかけたが、石泥棒と疑われても面白くないので、ここは大人しく答えることにした。


 なんといっても、ほとんどの者にとって、この石は小指の先ほどの大きさのもの一つで、豪奢な館をどんと構えることができるほどの、大層な価値をもつ代物なのだから・・・・・・。


 「きみの術を解いたわけじゃない。この石自体がもつ記憶を覗いたのさ。持ち主がいるのなら、そいつに返してやろうと思ってね。どんな経緯があって、こんな高価な宝玉が照射殿なんかに落ちていたのか・・・君だって同じことがあれば気になるだろう?」


 後半、少しばかり言い訳がましくなったが、あおは極素直に真実を伝えた。

 それなのに、黒は星をちりばめた瞳を逸らすことなく、あおをじっと見つめたままでいる。

 その目の強さにわずかな居心地の悪さを感じ、あおは頬を膨らませた。


 「おい。ボクは金には困っていないし、緑紅石りょくこうせきも間に合ってるんだ。おかしな言いがかりをつけるなよ。」


 別段、黒はあおに対してどうこう疑っていたわけではない。

 ただ頭の中で、一体あの石は自分の過去にどれだけ触れていたのだろうかと、記憶を巡らせていたのだが・・・・・・。


 分かりやすく拗ねてみせるあおの言葉に、現実に引き戻され、黒はきょとんとして首を傾げたが、すぐさま、どうやら彼は「自分を盗人扱いするなよ」と言っているのだと気づき、思わずぷっと噴き出してしまった。


 腹を抱えて笑い出したい衝動に駆られたが、全身をはしる激痛がそれを強く引き止めてくる。


 必死に笑いをのみこんでいる黒を見つめながら、あおの機嫌は、思い切り斜めに捩り切っていた。


 「なんで笑うんだ。」


 「・・・・・・君を馬鹿にしているわけじゃない。君が緑紅石りょくこうせきを大量に持ち合わせていることを僕は知っている。・・・・・・それに僕も、君と同じでさほど金を必要とはしていないんだ。君が欲しいというのなら、石をあげる。・・・・・・笑ったのは、僕に罪を問われることを、まさか君がそんなに嫌がるとは思わなくて・・・少し、嬉しかっただけ。」


 「嬉しい?」


 黒は困ったように小さく微笑むだけで、それ以上の答えを口にはしなかった。


 「質問はそれだけだ。気を悪くしたのなら、笑ったことは謝る。」

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