第249話 蒼の館 1

 あおの館の住人たちは、客人の存在に戦々恐々としていた。


 主に対して軽口をたたく三毛みけでさえが、しっぽの毛を逆立てたまま、ずっと落ち着かないでいるのだから、それも当然のことだろう。


 黒の妖鬼・・・・・・その名を聞いて戦慄を覚えることのない妖鬼など、ハッキリ言って自分たちの主くらいのものなのだ・・・・・・。


 そんな彼らの心境など、これっぽっちも感じようとはしないあおは、相変わらずやりたい放題だった。

 海神わだつみとともに戻ってきたと思えば、従者たちの心配などどこ吹く風、さっさと黒の部屋に飛び込んでいってしまう。


 「やぁ。気分はどうだい。」


 ノックもそこそこに扉を開けると、あおは寝台でうつぶせに横たわる黒に声をかけた。


 「見てわからないのか。・・・きみ、わざと言っているだろう。・・・本当に、嫌な奴だな。」


 黒の言葉に、海神わだつみがわずかに視線をふせる。


 「だから、なぜそこで海神わだつみ・・・きみが傷つくっ。これじゃ僕の意地が悪いみたいじゃな・・・っ」


 最後まで言い終えることなく、黒は「うっ」っと息を詰め、表情かおを歪めた。

 海神わだつみが思わず手を前にかざし、黒に治癒の術をかける。


 「・・・無理はするな。身体に障る。」


 「っ・・・海神わだつみきみ・・・それを僕に言うのか。まずはきみの想い人をっ・・・なんとかするべきではないのかな。」


 黒は恨めし気にあおを睨んだ。


 「それから、これ以上妖気を無駄にしてはいけない。僕の傷にはどんな術も効かないよ。・・・知っているだろうに。なぜこんなことをする。」


 「・・・うん。」


 言われてうなずきつつも、海神わだつみは術を止めたりはしなかった。

 黒の額に浮く、玉のような冷たい汗が彼の手を下げさせない。


 気のせいであることはわかりきっていたが、彼の手のひらから送り込まれるじわりとした温もりに、黒は痛みがわずかに薄らいだ気がした。


 「海神わだつみ・・・・・・。僕にとってはすごく残念なことだけれど、君はそこにいる君の想い人とは違って、とてもいい奴だ。だから僕は結局・・・君を心から憎むことも、嫌いになることもできなかった・・・・・・。」


 「おい。海神わだつみを口説くなよ。」


 あおが睨むと、黒は声を立てて少しだけ笑い、再び痛みに息をつめた。


 「僕に彼を奪われたくないのなら、しっかり彼の心を繋ぎとめておくことだね。僕は欲しいものを、絶対に諦めたりはしない・・・・・・。」


 「黒・・・・・・。本当にきみ海神わだつみを望む可能性があるというんなら、弱っている今のうちに、君を殺しておきたい。」


 「・・・そうだね。確かに、好機は今しかないだろう。やるならやれば?」


 本気で殺気を放ち始めたあおに、海神わだつみは眉をひそめる。


 「・・・あお。」


 「・・・ちっ」


 海神わだつみが咎めるように名を呼ぶと、あおは小さく舌打ちした。


 「冗談だよ。・・・さぁ、おふざけはやめだ。海神わだつみ、もう黒から手を離して。ボクの気が狂いそうだしそれに、君が疲れてしまうよ。・・・続けるなら、ボクが代わるから。」

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