第246話 誘導 2

 現れた蟲は、先日人の子に寄生していた蟲に比べ、二回りほど小さかった。

 だが、その姿の醜悪さと禍々しさ、そして放つ力は比ではない。


 正体を暴かれたことに激怒しているのだろう。

 黒々と靄のような気を放つその蟲は、金属をすり合わせるような耳障りな叫びをあげ、威嚇している。


 身体中から毛のような極めて細い触手を無数に伸ばし、うごめく様は心胆を縮こまらせるほどの悪寒を感じさせた。


 そんなものが身の内から引きずりだされたのだ。

 あまりの衝撃に、白妙しろたえは顔を紙のように白くし、今にも倒れんばかりである。


 あおは汚らわしいものを見るで、指先でうごめくそれを見つめていたが、腕の中の海神わだつみがわずかに身じろいだのを感じ、瞬時に跡形もなく焼き尽くしてしまった。


 「もう、大丈夫。それにしても、白妙・・・・・・すごいな、君は。・・・ずいぶんと我慢強い。かなりの痛みがあっただろうに。」


 あおは軽い口調で告げたが、その瞳は深い優しさを含んでいる。

 目を細め小さく一つ息を吐くと、あお白妙しろたえの額を親指でそっとなでた。

 それはまるで、そこに残る痛みをぬぐい取っているかのような仕草だ。


 「白妙しろたえ・・・君は、誰かから思考を誘導されていたんだ。・・・蟲を毛嫌いしている君がアレを自ら受け入れることなどないだろうから、恐らく、誰かに仕込まれたんだろう。」


 「・・・そんな。」


 翡翠ひすいは青褪めた。

 それもそのはずだ。


 白妙しろたえといえば、妖月の中でも特に強力な個体であり、その実力は冥府にまで知れ渡っている。

 そんな彼女を思考誘導できるほどの蟲を操り、気づかれずにそれを仕込むことのできる人物がいるなど、考えたくもなかった。


 なぜならそれを可能とするのは、彼女に近寄ることが出来る、力の強い者・・・つまり妖月などの中にいる可能性を考える必要があるからだ。


 「随分と年代物の蟲だ。しかも、明確な意志をもってこちらを威嚇していた。あれの主は、かなりの力の持ち主だ。」


 久遠くおんは何も言わず、黙ってあおの話に耳を傾けている。


 「昨日光弘みつひろが襲われたタイミングを考えると、さっきの蟲を通してこちらの動きを把握していたんだろう。ありがたいことに・・・夕べは全く暇を持て余すことなく過ごすことができた。奴らに対する感謝で、言葉もないよ。」


 口から吐き出された言葉とは裏腹に、あおの顔には、これ以上ないほど極めて重大な迷惑をこうむったと、全面にデカデカと書いてある。


 あおの腕の中、海神わだつみがわずかに首をかしげている。

 あおは苦く笑い、彼の雪のように白くなめらかな頬を、軽くつねった。


 「ボクの言葉を本気にするなよ。冗談に決まっているんだから。・・・君との大切な時間を奪われたんだ。少しくらいの恨み言は許してやって。」

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