第242話 混乱 3


 白妙の心臓が、痛みに驚き大きく跳ね上がった。


 さび付いた刃で無理やり肉をえぐりとっていくようなあおの非情な言葉が、耐えがたいほどの痛みで、白妙しろたえの胸を引き絞る。

 頭のてっぺんから氷水をあびぜかけられたかのごとき衝撃が、白妙しろたえは頭の芯を容赦なく冷ましていった・・・。


 「・・・宵闇よいやみは君を、狂うほど愛しているのに。・・・君を愛するあまり、いまだに無様をさらし、一途にもがき続けているっていうのに・・・・・・。君は、彼のことをわかろうともせず、彼の想いを見捨てて、このまま訳の分からない者になり果てようっていうのか?」


 触れられれば即座にはじけ飛んでしまうほど凝縮しきっていた白妙しろたえの念の塊は、強過ぎる胸の痛みに意識をそらされ、たちまちゆるゆるとしぼんでいく。


 「・・・・・・宵闇よいやみの心を、誰かにもてあそばせたまま?」


 蒼の痛烈な一言に、白妙は横っ面を思い切りひっぱたかれたかのような衝撃を受けた。

 白妙しろたえの瞳の奥でとまどい揺れていた弱弱しい光が、またたくまに輝きを取り戻す。

 

 疑念に犯され、突き付けられた絶望に喘ぎながら、同時にずっと、白妙しろたえは心の裏側で、「違う!」と血を吐くほど叫び続けていた。


 あおの言葉に引き裂かれた心の中に、勢いよく吹き込んでくる光の流れは、白妙しろたえの脳裏に、一つの過去の情景を呼び起こしていた。


 白妙しろたえが、神妖界を守る者として宵闇よいやみを葬ったあの時・・・・・・。

 あの時、宵闇よいやみは・・・・・・突き出された白妙しろたえの刃を受け入れ、抗う様子を微塵も見せず、最期は自ら果てていったのだ。


 白妙しろたえの心をくらませていた、泥のようにまとわりつく重い霧を、張り裂けそうなほど甘く辛い記憶が、さらりと洗い流していく。


 澄んだ頭の片隅では、先ほどのあおの言葉がにじみ出すようによみがえっていた。


 『海神わだつみ宵闇よいやみに責任はない・・・。彼らは被害者なのだ。』と。


 「・・・・・・あお。・・・だが、だとしたら、宵闇よいやみは・・・・・・。私は・・・」


 白妙の心は凪いだ湖面のようにひっそりと静まり返り、そこにぽつりぽつりと滴り落ちてくる感情を、ただ嚙みしめるように見つめていた。


 あの優しく真っすぐな男のことだ。

 例え操られていたのだとしても、仲間や龍粋りゅうすいを手にかけた自分を許せるわけはなかったはず・・・・・・。


 宵闇よいやみは、たった独りきりで耐えていたのか・・・・・・。

 いつも皆の笑顔に囲まれていた彼が・・・その笑顔を惨たらしく散らした自分の罪を抱え、独りきりで・・・・・・。


 そして、耐え忍んだ末に錯乱していった彼を・・・・・・私は役目のためと、欠片すら受け入れようともせず、刃を向けることで彼の心に応え・・・殺したのだ。


 宵闇よいやみの絶望はどれほどのものだったろう・・・・・・。


 「白妙しろたえ・・・・・・。君を責める言葉を、残念ながらボクは持ち合わせていない・・・。代わりといってはどうかと思うが、ボクは少しだけ、宵闇よいやみのことで、君より知っていることがある。」


 白妙しろたえの目が、大きく見開かれ、あおに向けられた。


 「どうする?君が聞きたいのなら、話してもいい。」


 すかさず強くうなずいた白妙しろたえに苦い笑みを見せ、あおは口を開く。


 「さっきも言ったけど、ボクの配下の三毛という奴は、物についた記憶を少しばかりたどることが出来るんだ。」

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