第241話 混乱 2

 翡翠ひすいは上げかけた腰を再び下ろし、目の前にいる白妙しろたえの背に手をあて、気を深く感じてみる。


 心を落ち着かせ、大切な友の気配を静かに探ってみれば、白妙しろたえの胸の奥のさらに奥で、恐ろしいほど凝縮していく煮えたぎった念の流れが見えた。


 翡翠ひすいは息をのんだ・・・・・・。

 白妙しろたえは、混乱のあまり自分を見失い、念の制御ができなくなっている!


 しかも、最も悪いことに、念は垂れ流されているのではなく、恐ろしいほどの力を瞬時に炸裂させようと、凝縮し続けているのだ。

 下手に刺激しようものなら、針を立てられた風船のように、瞬時にはじけ飛んでしまう。


 そんなことになれば、恐らく白妙しろたえは、命逢みおの大樹と同じように、意思のない、命だけのものに変わってしまう・・・・・・。


 ・・・・・・白妙しろたえの心の内は、宵闇よいやみへの疑念で溢れかえり、混沌を極めていた。


 一点の光すら与えない、重く冷え切った泥のような絶望にのしかかられ、口を利くことすらできず、脳裏を駆け抜けていく真っ暗な過去に問いかける。


 2千年前・・・。

 宵闇よいやみは、妖鬼と内通していたというのか?

 彼が姿をくらましたのは、妖鬼と結託するためであったと?

 邪悪な笛を吹き鳴らし、妖鬼と共に神妖界を陥れ、多くの神妖たちと・・・龍粋りゅうすいの命を・・・力を奪い取るために?


 再び姿を現した時・・・。

 宵闇よいやみは、まるで見知らぬ者のように変わってしまっていた。

 あれが彼の本当の姿だというのか?

 私はずっと・・・彼に、騙されていたのか。


 それまでの宵闇の姿が・・・・・・全てが、偽りだったと・・・・・・?

 

 白妙しろたえは、何もかもを放り出してしまいたかった。


 この痛みごと、呪いのような憂いを全て切り捨て、ただ宵闇よいやみとの美しい思い出だけを抱き、そのまま消えてしまいたい。

 もう、何も考えたくない・・・・・・。


 呼吸を乱し、暗く沈んだ双眸をあげると、あおの瞳と視線が交わった。


 あおは口角を上げ薄く笑ってはいるが、その視線は非常に鋭く、身がすくむほどの怒気をはらんでいる。


 強い意志をみなぎらせた赤い瞳で、白妙しろたえのぼんやりとした視線を強引にからめとると、あお白妙しろたえを睨みつけたまま、軽口をたたくように言った。


 「ああ・・・。きみはさっきまで寝てたから、聞いてなかったんだったな。・・・昨日ボクたちは、宵闇よいやみに会ったんだよ。」


 宵闇よいやみの名を聞くと、白妙しろたえの瞳の奥でわずかな光が灯り、みじろいだ。


 「彼はもはや、神妖なのか妖鬼なのかすらわからない存在になり果てていた。自らの意思で魂があんなに変異した者を、ボクは見た事がない。・・・彼がああなったのは、恐らく・・・・・・。」


 あおは極めて意地の悪い笑みを浮かべ、蔑むような口調で吐き捨てた。


 「ねぇ、白妙しろたえきみ・・・今まで考えたことはなかったのか?彼が誰かに操られているかもしれないって。・・・・・・君は本当に、宵闇よいやみを信じていたの?」



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