第237話 白妙の心 6

 あおは彼にしては珍しく、とても真剣な表情で居住まいをただした。


 「白妙しろたえ・・・・・・。まず、謝罪と礼を言わせてくれ。・・・2千年前・・・海神わだつみを君に託す時、ボクは残酷な過ちを犯した。あんな約束はするべきじゃなかった。・・・後悔している。・・・本当に、すまなかった。」


 あお白妙しろたえに深々と頭を下げ、しばらく動かなかった。


 「・・・あお。」


 海神わだつみがたえきれず声をかけると、ようやく顔を上げたあおは再び丁寧に頭を下げる。


 「2千年もの間。固く約束を違えず、海神わだつみを守り育ててくれたこと・・・言葉にならないほど感謝している。本当に・・・ありがとう。」


 蒼の声は、酷く震えている・・・・・・。


 翡翠ひすいは、こみ上げる涙を隠したかったが、膨らみ切った熱い想いは喉の奥を怒涛の如き勢いで押し上げ、つきやぶった。

 あっけなく堰をきってあふれ出してしまった涙を、とどめることなどできない。

 久遠くおんがそっと渡してくれた布で顔を覆い、翡翠ひすいは澄み切った大粒の涙をその布に吸わせ、すすり上げる。


 「・・・あお。頭をあげろ。」


 蒼のついた手の辺りにポツリと澄んだ雫がにじんだのを見つめ、白妙しろたえは静かに声をかけた。


 「あお・・・。わかっているのだ・・・・・・。本当はお前、自分自身の手で幼い海神わだつみを守り、共にありたかったのだろう。その望みを捨て、私にこの子を託してくれた。・・・海神わだつみがいなければ、私は恐らく、今まで持ちこたえることなどできなかった。」


 2千年前のあの時・・・・・・。

 あお白妙しろたえに「海神わだつみを頼む」とは言わなかった。

 恐らく、彼の本心がそれを言わせてはくれなかったのだ。

 それほどまでに強く、あお海神わだつみと離れることを心の内で拒んでいたのだろう。


 蒼は頭を深く下げたままだった。

 白妙しろたえは翡翠に頼み、助けを借りて身体を起こすと、あおに向かい頭を下げた。


 「幼い海神わだつみの命を妖鬼の群れから守り、龍粋りゅうすいの願いを叶えてくれたこと。海神わだつみのため、妖鬼の王を葬ってくれたこと、心から礼を言う。」


 白妙の意表をつく言葉に、海神わだつみが息をのんだ。

 あおは、ようやく顔をあげ、同時に頭を上げた白妙しろたえの瞳を真っすぐ見つめる。


 「なぜ、妖鬼の王をころしたことが、海神わだつみのためだと思う?」


 「・・・お前の行いを見ていれば、地位や名声には興味が薄い者であるとわかる。お前は短気で気ままで、面倒を嫌う者だ。そのお前があえて、王を殺すという面倒極まりない名声を得たことには、何か理由があるのだと思った。」


 「・・・どんな理由?」


 「妖鬼の王がお前の逆鱗に触れることをしたか、ただのお前の暇つぶしだったか、あるいは・・・・・・愛する幼子が平穏に生きることのできる場所を求め、そこに害をなしていた不届き者を、手っ取り早く葬ることにした・・・とかな。」

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