第238話 白妙の心 7

 あおは姿勢をくずし胡坐をかくと、腕を組んだ。

 ハッと、どこか笑ったようにも聞こえる短い息を吐く。

 俯き加減の顔は白銀の髪の影になり、口元以外その表情はハッキリとは見えないままだ。


 「・・・そんな昔の話、ボクはとっくに忘れてる。・・・・・・きっとその時のボクは、よほど暇だったんだろうね。」


 海神わだつみは何も言わず、あおを切ない瞳で見つめ続けている。

 白妙はそんな二人の姿に目を細めた。


 「あお、お前・・・妖鬼であることを隠していたというのに・・・。すまない。」


 「気にするな。ボクが妖鬼であることを隠していたのは、海神わだつみに仕官したかったからだ。ただ・・・・・・できるならボクの正体は、ここだけの話にしておいて欲しい。ボクは、海神の重荷になりたくはないんだ。」


 妖鬼は神妖の恨みをかっていて当然の存在。

 妖鬼の自分では海神の傍にいられない。

 そんなものを傍においておけば、海神わだつみの立場を悪くしてしまうのだと、あおは考えていた。


 白妙しろたえは真剣な眼差しであおにうなずいて返した。


 「それをお前が望むのならば、従おう。」


 「まぁ・・・きみたちには、近いうちに都古みやこからボクの正体について話してもらう予定だったんだ。それが少し早くなっただけのことなんだけどね。」


 突然転がりだした娘の名に、久遠くおんが怪訝な表情かおをする。


 「なぜそこで、都古みやこの名がでてくるのだ?」


 「・・・ん?あー・・・。都古みやこたちにボクの家の場所を聞かれてさ。冥府に住んでるって教えたんだ。妖鬼であることも一緒にね。・・・子供たちは、ボクが何者だったって気にする必要なんてないと思ったんだけど・・・何かまずかった?」


 そう言ってあっけらかんとした様子を見せ、ようやくしっかりと顔を上げたあおの目元は、注意深く見なければわからないほどではあったが、まだわずかに赤く染まっていた。


 話を聞いて、翡翠ひすいはめまいがしていた。

 あおはなんとも思わないのだろうが、そんな一大事を突然打ち明けられた子供たちにしてみれば、たまったものではなかっただろうに・・・・・・。


 久遠くおんも少し困ったような表情かおで口を開く。


 「まずくはないが・・・。」


 蒼は神妙な面持ちになり、はっきりと口にする。


 「・・・親しい者や大切な者に隠し事をするなんて・・・身体の毒にしかならない。そんなものは可能な限り、無い方がいいに決まってる。ボクなら絶対にごめんだしね。・・・そんな重責を幼い人間の子供に与えてどうする?・・・だから都古みやこには、君たちにならボクのことを伝えてしまって構わないと言ったんだ。」


 あおは心底嫌そうに顔を歪める。


 「自分がやられたら嫌だと思うことを他人には押し付けるなんて、悪趣味がすぎるだろう?・・・ボクは醜悪なものが吐き気がするほど大嫌いだ。そんなものになりさがりたくない。・・・死にたくなるよ。」


 つまりこの男は、都古みやこ白妙しろたえや両親に隠し事をし、悩んだり苦しんだりすることを、よしとしなかったということなのだろう。


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