第236話 白妙の心 5

 白妙しろたえの額から手を離すと、あおは気だるげに息を吐いた。


 「予定とは違うんだけど・・・。ねぇ・・・海神わだつみ。やっぱり白妙しろたえはこのまま目覚める気はないみたいだ。・・・彼女を起こすために、ちょっと試してみたいことがある。ボクのこと、ここで話してしまってもいい?」


 「うん。」


 海神わだつみあおに対する信頼は、このうえなくあつい。

 すかさずうなずいて返した。

 海神わだつみを見つめ柔らかく微笑みながら、あおは透き通るように白い海神の耳たぶを柔らかく揉む。

 次の瞬間・・・蒼は瞳を紅くきらめかせ、強烈な邪気を一気に放った・・・・・・。


 「お前っ・・・!」


 「静かに・・・」


 久遠くおんはとっさに身構えたが、海神わだつみに手で制され、ぐっとその場で動きをこらえた。

 翡翠ひすいもあふれ返る強烈な邪の力に、全身をしびれるほど緊張させている。


 「黒っ・・・・・・」


 突然響いた女の声に下を見ると、白妙しろたえが眉間に深いしわを寄せている。

 その目は苦しみにあえぎながらも、確かに開かれていた。

 蒼はスッと邪気を納めると、海神わだつみの髪をなでる。


 「ありがとう、海神わだつみ。うまくいったみたいだ。」


 さきほど白妙は、あおが無意識に放ってしまった殺気に、わずかな反応を見せていた。

 恐らく、黒とまみえたことで、妖鬼の気配や殺気などの邪の気に対して一時的にかなり敏感になっているのだろう。


 黒にかかわる反応がそれほど強く現れるのならば、この場に黒本人が来れば、白妙はその衝撃で目覚めるかもしれないと、あおは考えたのだ。


 だが、黒は今とても動かせる状態ではなく、さらにこの方法が使えるのは、不安定に意識の浮き沈みが起こっている今だけのことだろう。

 意識が完全に沈み込み、そこでこごってしまえば、白妙しろたえの意識に邪の気配をわずかに伝えることすら難しくなってしまう。


 そこであおは、自らが強烈な邪気を放ち、黒の存在が近くにあると勘違いせることが出来ないだろうかと考えたのだ・・・・・・。


 久遠くおんを制していた手を下ろした海神は、あおを見つめほっとした表情で目を細めると、今度は目覚めたばかりの白妙に目をやった。


 白妙しろたえは、まだ身体に力が入らないでいるようだ。

 息を乱し、目だけをゆっくり動かしてその場にいる者たちを確認すると、肘を支えに起き上がろうと身体を斜めにしたが、力尽き再び背を寝床につけることになってしまった。


 「無理をするな。そのままでいい。」


 海神わだつみにたしなめられ、翡翠ひすいに布団を丁寧にかけなおされてしまうと、それ以上あがくこともできず、白妙しろたえは大人しく身体を横たえたまま瞳を揺らした。


 「強烈な邪気だ。・・・黒がいるのか?」


 「いや。・・・黒じゃない。今のはボクがやったんだ。」


 「・・・お前・・・なぜっ」


 白妙の目が驚きに見開かれる中、あおの身体がぼんやりと淡く輝き始め、その形を変えた。

 一瞬の後にそこに姿を現した見慣れぬ者の姿に、久遠くおん翡翠ひすいは息をのむ。


 白銀の髪を揺らし、海色の澄んだ瞳をきらめかせる男は、深く甘い声を響かせる。


 「白妙。やはり、君は既に気づいてたんだな・・・・・・。ボクは妖鬼・・・双凶のあおと呼ばれる者だ。」

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