第233話 白妙の心 2

 沈んだ表情で目を伏せた翡翠ひすいを見て、あおは頭を抱える。


 「都古みやこを白妙に合わせられない理由・・・・・・。これなんだろう。」


 久遠のつく重いため息を聞き、あおは額に手をあて、髪をかき上げた。


 「確かに、これは子供には猛毒だ。・・・こんな淫らな声で焦がれる男の名を呼ばれたんじゃ、たまらないよ。・・・・・・ボクでもてられそうだ。」


 あお白妙しろたえに手をかざすと、全身を温かな光が包み込んだ。


 「くそっ・・・。いいか。海神わだつみが望んでいるし、白妙はボクの恩人でもあるから、癒す。・・・だが、なんのしがらみもなければ、ボクは癒したりしない。・・・この痛みは白妙しろたえが甘んじて受けるべきものだと思ってる。どうせ放っておいても、十日もあれば癒える痛みだ。・・・彼女は黒の痛みを、身をもって知っておくべきなんだ。」


 言いながらあおは、呪いに蝕まれ痛みを抱き続けている白妙の身体から、その穢れを浄化していく。

 あおの意味深な言葉に、久遠が固い声を上げた。


 「あお・・・お前、何か知っているのか。」


 「・・・・・・もちろん、知っている。・・・ボクが、そのことを口に出してはいけないということも含めてね。」


 蒼の答えに、久遠、翡翠、そして海神わだつみまでもが「なぜ」と問い詰めるように彼を見つめた。

 居心地の悪い視線に絡みつかれても、あおはいつもの調子を崩さない。

 瞬く間に白妙の身を食い荒らしていた穢れを祓いきってしまうと、久遠と翡翠に向きあった。


 二人と二人の間を分かつように横たわった白妙の呼吸は、先ほどとは比べ物にならないほど、穏やかになっている。


 追い払う仕草で手を振りながら、あおは、これ以上ないほど面倒だという表情かおを隠そうともしないで言い放った。


 「先に言っておくが・・・ボクの全ては海神のものだ。そしてボクは海神わだつみだけがかわいい。彼も彼の物も、ボクは必ず護る。それが例え僕自身であったとしてもだ。」


 突然吐き出された、あまりにあけすけな言葉に、久遠くおん翡翠ひすいはあっけにとられ、思わず顔を見合わせている。

 一方のあおはそんなことはお構いなしだ。

 正直な表情かおをさらしたまま、素直な言葉で、ばっさりと切り捨てた。


 「ボクは嘘はつかない。話したいことしか、話さない。・・・気になるなら自分で考えろ。気にならなければ捨て置けばいい。絶対に、ボクを巻き込むなよ。」


 臆面なく言い放つその姿に、久遠くおん翡翠ひすいは、半ば呆れたが、同時に聡い二人は自ずと感じ取ってもいた。


 この、あおという男は図々しいほど自分の欲望に忠実で、表裏の表情かおを持たない。


 恐らく、この得体のしれない男でさえが畏れを感じる何かがこの話の先にある。

 そしてそれを口にすることは、この男や海神わだつみの存在を損なうほどの危険をはらんでいるのかもしれない。


 久遠と翡翠は胸の内に呆然とした疑問を抱えたまま、だが、あおの言葉を受け取り、口をつぐんだ。

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