第234話 白妙の心 3

 久遠くおん翡翠ひすいには、彼らに伝えたい重要な言葉があった。


 白妙しろたえ宵闇よいやみ、黒・・・そして、海神わだつみ・・・。

 当時まだ生まれてすらいなかった久遠くおん翡翠ひすいは、彼らの因縁にかかわる術など持ち合わせていなかった。


 我を忘れるほどの怒りに囚われ、黒に残酷な呪いの力をぶつけ続ける白妙しろたえ・・・・・・。

 その痛ましい行いを止めたくとも、当時存在すらしなかった自分たちが、知ったような口をきいて割って入ることなどできるわけがなく・・・互いに深すぎる傷を抱えているであろう二人のやりとりが終わることを、席を外して、ただ祈り待ち続けるしかなかったのだ。


 結果・・・新しい生活を睦まじく送る二人を・・・あおという大切な存在を得て、このうえないほどの幸せをまとっている海神わだつみを、巻き込むことになってしまった。


 自分たちの無力さを噛みしめながら、久遠くおんは口を開いた。


 「海神わだつみあお・・・・・・。すまなかった。白妙しろたえのこと・・・心から感謝している。」


 横に並び、深々と丁寧に頭を下げたその様は、まるで美しい一対の人形のようだ。


 「頭を下げる必要などない。お前たちがよくみてくれるおかげで、白妙しろたえはこうして落ち着いていられるのだから。礼を言うべきは私の方だ。・・・白妙しろたえは私にとっても大切な者。・・・お前たちには本当に、心から感謝している。」


 海神わだつみは範となるような美しい座礼を見せ、二人に向かい深く頭を下げた。

 その姿に見惚れながら、あおは今度は落ち着いた様子で口を開く。


 「白妙しろたえの様子を見にきたのももちろんだが、伝えるべきことがあってきたんだ。・・・・・・夕べ、無作法にもゆいの留守を狙って、光弘みつひろに挨拶にきた連中がいた。・・・海神わだつみとボクで丁寧にもてなしてやったから、当分の間・・・そうだな、つがいをもたない奴なら、少なくとも一年くらいは大人しくしてるしかないだろう。」


「挨拶・・・?」


 顔をあげ、翡翠ひすいはいぶかし気に目を細めた。

 同じく顔を上げた海神わだつみは、こくりと喉ぼとけを上下させた。


 「・・・・・・宵闇よいやみが・・・光弘みつひろの夢に、現れたのだ。」


 海神わだつみの言葉に、白妙しろたえの瞼がほんのわずか、震えたように見える。


 「まさか・・・」


 「・・・ん?翡翠、なんでそんな変な顔するんだ。・・・・・・宵闇のことか?あいつなら、海神わだつみが迷っているように見えたから、死なない程度に動けないようにしたんだけど・・・。あのおかしな腕のせいで、結局逃げられちゃったんだ。」


 その言葉に、久遠の瞳がわずかに揺れる。

 海神は、淡々と過不足なく昨日あったことを二人に伝えた。


 「エビという名の神妖が、祭りの時にしょうの命を狙い、逃げていったことは聞いていた。まさか、妖鬼の手下となっていたとは。・・・やつらの目的は、一体何なのだ。」


 「・・・・・・。」


 久遠の問いかけに考え込んでしまった海神の手へ、あおがそっと自分の手を重ねた。


 「妖鬼の願望は単純だ。ショクは美しい者や強い者に執着する。奴の狙いはハッキリしてる。海神わだつみと黒だ。宵闇の目的も明白・・・。あいつは白妙しろたえ以外眼中にない。・・・考えてみれば、奴はまるで妖鬼みたいだな。」


 あおが片方の眉を上げつぶやくようにもらす。

 その手は海神わだつみの手をいたわる様に親指で撫でていた。


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