第231話 毛むぐり 7

 ゆいの言葉にあんぐりと、開いた口がふさがらないでいるしょうに心の中で思いっきり同情しつつ、俺は胡坐あぐらを組み考えを巡らせる。


 昨日、黒は白妙に打たれ酷いケガを負っていた。

 もしかしたら、元々の身体は鋼のような強靭さをもっているわけではないのかもしれない。

 神妖や妖鬼たちは、この方法を利用して身体を防御しているのだろうか。

 だとしたらゆいが言うように、確かに鍛錬次第で、かなりの使い方ができるようになる・・・・・・。


 立ちはだかる壁は高く厚みもあるが、その先に広がる情景は果てしない。

 興奮に鼓動をわずかに高鳴らせながらあれこれ考えにふけっていると、俺の隣で、勝が珍しく歯切れの悪い様子で光弘に問いかけた。


 「光弘、悪いっ。やっぱり・・・聞いてもいい?答えたくないなら答えなくてかまわないから・・・・・・。結局さ、黒と光弘みつひろって、いつどこで知り合ったんだ?二人があんまり仲が良すぎるから俺、ちょっと寂しくなっちゃったよ。」


 気がかりが強すぎて、何も集中できないでいたのだろう。

 表情かおは笑顔だが、耐えきれずに口から飛び出した勝の言葉は、あまりにも赤裸々だ。

 ぶつけられた突然の勝の憂いに、光弘の瞳がたちまち潤む。


 「しょう。話したくないことなんて、あるわけない。・・・気を遣わせてごめん。俺から話すべきだったのに・・・。」


 頬に全身を摺り寄せてくるゆいの、温かい小さな身体を柔らかくなでながら、光弘は大切な思い出を確かめるように、少しずつ言葉を紡いだ。


 「・・・・・・黒と初めて会ったのは、二年前に俺が初めて無色の力を使った、あの時なんだ。」


 突然夢の世界へ現れた黒が、力の暴走から自分を救ってくれたこと。

 それ以来毎日、夢の中で綺麗な景色を見せてくれたり、励まし支えになり続けてくれていたこと。

 俺たちに楓乃子かのこのことを伝えたときも、陰ながら力を貸してもらっていたのだということ。

 実は、直接黒と会ったのは、昨日が初めてなのだということ。


 しょうだけじゃない。

 口に出せなかっただけで、黒のことでは俺も・・・そしておそらくは都古も、しょうと同じように寂しさを感じていた。


 熱く潤んだ瞳で頬をほのかに染め、一生懸命に語り続ける光弘は、俺たちを安心させた。

 黒を信頼しきっている大人びた様子の光弘を見ていると、突然遠くへ離れて行ってしまうようで・・・恐ろしくて不安だったのだ。


 話したくないことはないのだろうが、もしかしたら、話せないことはあるのかもしれない。

 それでも、時々言いよどみながら語る光弘の姿はこれ以上ないくらい正直で、俺たちのことを大切に想ってくれていることが全身から伝わってくる。

 それに、とても大事そうに黒のことを語る瞳はあまりにも幸せそうだったから、俺たちはそれだけで十分過ぎるほど心が満たされてしまった。


 「黙っていてごめん。・・・・・・口に出してしまったら、彼と二度と会えなくなるような気がして、怖かったんだ。」


 全てを話し終え頭を下げた光弘の頬を、しょうは両手でぐっと挟んだ。

 そのまま無理やり顔を上げさせると、微笑みかける。


 「謝るなよ。そんな必要なんてないんだからさ。・・・・・・黒と俺たちのことを光弘がめちゃくちゃ大好きなんだってことが分かって、俺は嬉しいんだ。・・・話してくれて、ありがとな。」


 「けどさ、黒にはちょっと、やきもち焼いちゃうよな。なんたって毎晩、光弘みつひろを独り占めして遊びまくってるんだもんな。」


 俺の言葉に、本気で困った表情かおを見せた光弘の頭を笑いながら三人でもみくちゃにしてやる。

 光弘の肩の上で、なぜか得意げな顔をしたゆいが、ふんっと小さく鼻を鳴らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る