第216話 弔い 2

 全ての亡骸が並びつくすころには、既に日が傾きかけていた・・・・・。


 最後の骸が運びこまれると、海神わだつみは小さく何かを唱え、両の手を前に伸ばした。

 数えきれないほどの亡骸の群れが、彼の手の動きに合わせ、ゆっくりと浮き上がる。


 白妙が片方の手を前に出し、落ち着いた声で言葉を紡ぐと、亡骸の数だけ地が口を開いた。

 皆、そこへ吸い込まれるようにして横たえられ、朝を迎えることのない冷たい眠りについていく・・・・・。


 全てが終わり、腕を下ろすと海神わだつみは、わずかによろめいた。


 そうなることが分かっていたのか、白妙しろたえがすかさずその身体を支えたが、海神わだつみは一言謝罪の言葉を口にすると、その腕をやんわりと退けてしまう。


 久遠と翡翠は肩を寄せ合い、大切な者たちの眠る場所をただただ見つめていた。


 幼い心が受け入れるには、目の前に広がる現実はあまりにも非情が過ぎたのだ。

 久遠は泣くこともできず、静かに涙で頬を濡らし続けている翡翠ひすいの震える身体をきつく抱きしめていた。


 どれほどそうしていたのだろうか・・・・・。

 辺りがあたたかな橙の色に染まり始めたころ、ふと我に返った久遠が振り返ると、海神の姿が消えていた。


 「海神わだつみ様・・・・・・?」


 「・・・・あれはもう・・・・帰った。」


 久遠の呼びかけに、白妙しろたえが低く答えた。

 その言葉に、まだ若く細い久遠の喉がこくりと音を立てる。


 「・・・・白妙しろたえ様。・・・・お聞きしても、よろしいでしょうか。」


 「・・・・ああ。」


 「海神わだつみ様はなぜ、ここに来てくださったのでしょう。」


 「それは、昨日のことを問うているのか、それとも今のことか?」


 「・・・・両日ともです。」


 白妙しろたえは、緩く腕を組んだ。


 「答えになるかはわからぬが、聞きたいのならば話そう・・・・・。」


 久遠は真剣な表情で、白妙にはっきりとうなずいた。


 「海神わだつみは全ての水妖を束ねる頭目なのだ。・・・・だが、困ったことにあの男はその立場をわきまえず、救う者をいっさい選ばない・・・・・。届けられた願いが強く誠実なものであるならば、それに背を向けたり別の者に託すことをしないのだ。」

 

 白妙は言葉を切ると、久遠の瞳を真っすぐ見つめた。


 「・・・・・例えそれが、苔むす小さな祠に捧げられた、幼き人の芍薬一輪の祈りだとしても・・・・・・。」


 「白妙しろたえ様・・・・・・・。」


 「海神わだつみが今日、なぜ共にここを訪れたのか・・・・。坊やは全て、気づいているのだろう?お前の考えている通りで相違はないよ。あれは町の者の亡骸を護るために力を使いすぎた。かろうじて骸を集めることまではできたようだったが・・・・・・。」


 白妙の言葉に、久遠は小さくうなずいた。


 ・・・・・・運ばれてきた死体はどれも全て、水のような膜で包まれ、傷どころか泥の一つさえついていなかった。


 濁流に町が飲まれる直前・・・・・。

 海神わだつみは刹那、人々の生死を確かめていたようだった。

 恐らくはその時、とっさに全ての亡骸を護り、弔うまでの間傷まぬよう、ずっと術を使い続けていてくれたのだ。


 色を失い紙のように白くなっていた海神の顔・・・・そして、耐えきれずわずかによろめいた様子が、久遠の脳裏を切なくよぎる・・・・。

 久遠は、海神に会いたくてたまらなくなった。


 彼はここを去る時・・・・・・一体何を想い、背を向けて行ったのだろう。

 あの優しい人を、このまま独りにしてはいけない・・・・・・。


 「白妙しろたえ様。私にできることであれば、なんでも言う通りにいたします。・・・お願いです。海神わだつみ様に、お会いしたいのです。」


 「・・・・坊や。その言葉、忘れるなよ。・・・そうだな。ではまず、お前の名を教えろ。このままでは不便で叶わん。」


 焦るように言い募ってくる、久遠の熱い眼差しに目を細め、白妙は柔らかく微笑んだ。

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