第205話 無力 2
「一体、何が・・・・」
困惑した表情で、男の消えた夜空を見上げていた
「すまない。」
「
男はここにくるまでに、既に町の者を皆殺しにしてきたと言ったのだ。
すかさず気配を探ってみたが、男の言う通り町から人の息遣いを感じることは一切できなかった。
先ほどの轟音は、男が自分の痕跡を消すため川の堰を切った音・・・・・。
長雨でこれ以上ないほどに増水した川の水は、突然の解放に歓喜し、雄たけびを上げながら、町を飲み込み水底へと沈めて始めていた。
もはや海神の力でできることなど何も残されてはいない・・・・。
そのことを、海神自身が誰よりも痛いほど感じていた。
「夜が明けたら、弔う。今は・・・・・こらえてくれ。」
「・・・まさか」
翡翠はこぼれそうなほど大きく目を見開き、そのまま
久遠は翡翠の身体を支え、凍える心を抱えたまま、色を失った翡翠の小さな顔を胸に抱く。
翡翠は・・・自分を久遠の影武者にすることに同意した父を、恨んではいなかった。
久遠に怒りをぶつけはしたが、翡翠自身もまた、自分の身を投じることで久遠が生きながらえることができるのならば、それもまた本望であったのだから・・・・。
久遠とて、呪いの連鎖を断ち切りたいという強い想いがあるのは、生まれ育ったこの地や、共に過ごした人々を愛おしく想っていたからに他ならなかった・・・・。
だが、闇夜に轟く轟音は、二人の大切な人々と思い出を打ち消しながら、瞬く間にこちらへと近づき、考えるわずかな時すら二人から奪おうとしている。
「お前たちを・・・・・彼呼迷軌へ連れていく。」
冷淡な表情のまま、淡々と紡がれる海神の言葉だけが、不気味な闇と水音の中、絶望にふさがれそうな二人の耳を、違う音色で打った。
「時がない。二人とも目を閉じろ。久遠、翡翠を絶対に離すな。」
翡翠をしっかりと腕に抱えなおした久遠の肩に手を置き、海神は抑揚のない声で短くそう告げた。
瞼が二人の視界を閉ざした直後・・・・・。
ふわりと浮き上がる感覚が全身を包み、同時に恐ろしい力の塊に鷲掴みにされ、ぐるりと勢いよく全身を回転させられる。
久遠は翡翠を抱く腕に力を込めた・・・・・。
「目を開けなさい。もう大丈夫だ。」
ぐらぐらと頭の芯がふらつくような揺動感を覚えながら、ゆっくりと目を開けた久遠の前に、薄桃色と空色の織り成す不思議な色の空が広がった。
闇夜から突然明るい世界に置かれた久遠は目を細め、腕の中の大切な温もりを確かめる。
乾いた心地よい風が、久遠の髪でさらりと遊び、翡翠の濡れた頬をいたわるように優しく撫でた。
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