第203話 久遠の一族

 久遠くおんの言葉に、海神わだつみは腕を組み考え込んでいる。

 翡翠ひすいは久遠の言葉の意味を図りかね、険しい表情のまま首をかしげた。


 「だからこそ、私の父は・・・・・父に成り代わっている者は、私を手放したくはなかったのでしょう。どんな手段を使っても・・・・。」


 「証はあるのか・・・・。」


 「今朝、湯殿から出たところで父と流に出くわしそうになった私は、思わず身を隠しました。・・・・その時、父が流に『久遠は私の器だ。』と。『人に身をやつし、千年以上の時をこらえてきた。』と。」


 「・・・・・・。」


 「流の口からは『魂を戻す』・・・『あのかた』と途切れ途切れではありましたが、そう聞こえました。異形の存在を知った今・・・信じたくはありませんがやはり、父も流と同じく人ではないのだと、理解しました。」


 海神は表情を硬くしたまま、頭の中でいくつもの疑問を巡らせていた。


 久遠の話を鵜呑みにするならば、恐らく彼の言う通り、久遠の父は異形に食われその身体を奪われてしまったのだと考えて間違いはないだろう・・・・。


 不吉を感じるのはそのことだけではなかった。

 久遠が耳にしたという二人の言葉の中には、海神にとっても無視できないものが、いつくもまぎれていたのだ・・・・・。


 千年以上の時を超える魂を持ちながら、人の器に宿らねばいられない者とは何者なのか・・・・。

 器になる者はなぜ、久遠の一族である必要があるのだろうか・・・・・

 流の『魂を戻す』『あの方』とは、一体何を意味しているものなのか・・・・。


 海神の心を、ザワリとした不安の影がなでた。


 全てが繋がっているとすれば、流がこの地を選んだのは、偶然ではなかったということ・・・・。

 そう思うのと同時に、海神は肌を射すような直感に従い、久遠と翡翠を自らの後ろへかばうようにして、素早く前へ出た。


 闇の中を二筋の閃光が走る。


 一方は翡翠と久遠のいた場所を絡めとる様にして宙を切り、悔し気に再び闇へと沈んでいく。

 鋭く闇を引き裂くもう一本の光は、迷いなく打ち抜くように海神を襲った。


 海神が手の甲でそれをはじくと、線光は粉となって飛び散り、辺りをまぶしく照らしながら足元へと落ちてゆく。


 「お前が、久遠の父か・・・・。」


 海神の言葉に、淡い光に顔を照らされた男は、邪悪な笑みを浮かべた。

 海神は顔色一つかえることなく、落ち着いた様子で男を見つめる。


 「流を・・・・わざと私に向かわせたな・・・・・。」


 流は、久遠がこの者の器であると知った上で、それでも翡翠と久遠の二人共を喰らおうとしていたのだ。

 それなのに、この男はこの場にくるまで流を泳がせ続けていた。


 だとすれば、考え得ることは二つ・・・・・・。

 穢れを狩る役を持つ者がここにくると気づき、あえて流とぶつかるように仕向け、高見の見物をしていたか・・・あるいは、久遠を狙う邪魔な流を、自らこの場で密かに消してしまうつもりだったかの、どちらかだろう。


 どちらにせよ、久遠の父が異形の操る邪悪な存在であるのならば、この場に姿を現すことは、明白だった。


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