第179話 静かな夜 1

 部屋に戻った俺たちの表情は明るくはなかった。


 「一体どうなってるんだ・・・・・。」


 しょうのつぶやきが、畳に吸い込まれていく。

 俺も都古みやこも何も言えなかった。

 頭の中も、心の中も、言いたいことで溢れかえっていて、何を口にすべきかわからなかったのだ。


 身体は腕一本動かすのもおっくうに感じるくらい疲れているのに、神経がささくれだってこめかみが強く脈打ち、とてもじゃないがすぐに眠れそうにない。


 ショクの企みをくじいたことで彼呼迷軌からの今回の依頼は、遂行できたのだろうが、今日はあまりに多くのことが一度に起こりすぎていた。


 それに・・・・・。


 「俺・・・・・黒のこと、知っていたのかもしれない。」


 思わず俺の口からこぼれた言葉に、勝と都古がいぶかし気な視線を向けてくる。


 「真也しんや・・・・・?」


 「・・・・悪いっ。独り言だ。」


 勝に名を呼ばれ、我に返った俺は取り繕うように笑顔を向けたが、勝は少し目を細め、食い下がってきた。


 「気になる。・・・・話せよ、真也。なんでためらうんだ?」


 「俺にも、わからないんだよ。・・・・さっき、頭の中を・・・・黒のぼろぼろの姿がかすめて。」


 「黒が・・・・血を流している姿か?」


 都古がためらいがちに、細い声をもらした。


 「都古・・・・?」


 「私も・・・同じものを見た。高い塔のある景色、傷だらけの黒・・・・。」


 勝はそれを聞いて眉間にしわを寄せた。


 「俺も、血を流す黒の姿が頭の中をかすめた。・・・・高い塔、ってのは俺には見えなかったな。・・・・一瞬だけ見えたのは女の姿をした白妙と、男の姿をした白妙だった。」


 俺たちは表情を硬くして顔を見合わせた。

 喉の奥のあたりを苦い塊がふさいで、口を重くする。


 夜の雪山に放り出されたような冷たい沈黙に、都古が身震いした。


 「なんにせよさ。3人同時に同じものを見たってことは、俺たちが寝ぼけてたって可能性は低い・・・・だろ?」


 これ以上暗い気持ちにならないよう気遣っているのか、勝の声は小さかったが明るいものだった。

 俺は、そんな勝に温かいものを感じ、表情を緩めた。


「そうだな。・・・・・このことが一体、何を意味しているのかは分からないけど。明日、光弘にも確認してみよう。・・・・・もしかしたら、見落としちゃいけないことかもしれない。」


 「そうだな。・・・・・それにしても、海神の付き人が、双凶の蒼だったとは・・・・私は、どうすればいいのだろう・・・・。」


 都古がそう言って眉間にしわをよせ、うつむいた。


 妖鬼とは言っても、蒼は悪いやつには見えなかった。

 海神があんなにひっつかれてなお、されるがままになっているくらいなのだから、二人の信頼関係も厚いのだろう。


 とはいえ、白妙たちが蒼が妖鬼と知ってどう思うかは、全く別の話だ。

 蒼自身が言っていた通り、神妖と妖鬼の間に埋められない溝があるのだとしたら、蒼の正体を知った白妙がどんな反応を示すのか、全く予想がつかないのだから。


 あんなに一途に海神を想っている蒼の姿をみた後だ。

 二人を引き離すような真似はしたくないと、都古が白妙たちに伝えるべきかを悩むは、当たり前の話だ。


 ふいに都の頭に、勝が手をのせた。

 中学になってさらに背が伸びた勝の手のひらは大きくて、都の頭をすっぽり包み込んでしまいそうだ。


 「都古。白妙なら、きっと話しても大丈夫だ。勘だけどな。・・・・ひょっとしたら、あいつはすでに、気づいてたかもしれないよ。蒼の正体にさ・・・・・。」


 勝の言葉に俺は笑いながら同意した。


 「そうかもな。白妙はずいぶん賢い人だから、気づいていて黙っているのかもしれない。・・・・正直、蒼ってどこからどうみても普通の神妖じゃないもんな。」


 都古はほっとしてほほ笑んだ。

 俺は都古の白くなった指先を握った。

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