第171話 光弘の家 4
エビは口元の触手を一本、長く伸ばした。
触手の根元にボコリとした膨らみが現れ、先端へ向け移動していく。
ぬちゃりと嫌な音を立てて、そこから派手な模様のタコが生み出された。
「・・・・まぁ、こんなものに噛まれて普通でいられるとは思いませんが。・・・・なにしろ、ショク様がいじったタコ・・・。ただの猛毒生物ではない。化け物ですよ。使われた者の心を狂わせ穢れ堕とすのですから。・・・・堕落して自我を失った黒の身体など、あなただって・・・惜しくはないでしょう?」
光弘のこめかみを冷たい汗が伝った。
選べと口では言っているが、エビが光弘に突き出した非情な選択肢など、無いものと同じだ。
「いいですか。二度は言いません。結界を解きなさい。黒は危険すぎる。まずはそいつに毒を与え、壊します。細かい交渉はそれからです。」
光弘は震える息を吐き出すと、あっさり結界を解いた。
エビは黄色い目を鈍く光らせると、ぐにゃりと身体を伸ばし動き出したタコを、黒へ向かって投げつけた。
直後。
光弘がタコへ向かってためらうことなく腕を伸ばした・・・・。
タコは光弘の腕に絡みつくように張り付き、するどいクチバシを彼の腕に突き立てる・・・・。
「ねぇ・・・・。そんなことをしたら、君が死んでしまうよ。」
少し呆れを含んだ柔らかな声が、光弘のすぐ後ろで甘やかに響いた。
光弘は目を見開き、目を閉じていたはずの彼を振り返る。
光弘の腕に巻き付いて見えるタコは、よく見ると、寸前のところで宙に浮き、体中を小刻みに痙攣させ固まっていた。
横たわったままの黒が二本の指を動かすと、タコは導かれるように宙を滑り、エビの目の前に移動していく。
黒の瞳が紅く煌めき、タコはエビの目の前で塵となって跡形もなく消えた。
呼吸をわずかに乱れさせたまま、黒は潤んだ瞳で哀し気に、光弘を見つめた。
「ごめん・・・・・。君に、無理をさせた。」
「動いちゃだめだ。」
「僕は大丈夫・・・・。そんなに、心配しないで。」
そう言って黒は身体を起こそうとしたが、わずかに身体を動かしただけで走る激痛に、思わず小さなうめき声をあげ、顔を歪めた。
「なんだ。動けないじゃないですか。・・・・驚かさないでくださいよ。」
エビの明るい声が、神経を逆なでてくる。
「タコ一匹殺すのがせいぜいですか。笑えますね。何が双凶の黒なのか・・・・大げさにもほどがある。あの方もなぜ、この程度の者をあんなにも警戒するのか。全く理解しかねます。」
エビは再びタコを数匹同時に吐きだすと、その身体に自分の触手を突き刺した。
苦痛に身体を丸く縮めるタコの全身を、エビの細く枝分かれした無数の触手が、葉脈のように広がりながら浸食していく。
エビの触手と完全に同化したタコは、まるで人の手のように、広がったり閉じたりしながらグチャリと音をたてる。
中心で、黒光りするクチバシがカチカチと立てる不気味な音が笑い声のように響いた。
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