第170話 光弘の家 3

 俺が捕らえるのとほぼ同時に、光弘も黒の足元に湧き出したタコを3匹、術で縛り付け宙づりにしていた。


 ベッドの足元の灯りが突然消え、辺りを闇に支配される。

 部屋の隅の闇の中、大きな何かが蠢いているのを感じ、俺は目をこらした。


 「エビ・・・・おまえなのか。」


 都古の堅い声音に、蠢く影の主はこの場にそぐわない陽気な響きの声で答えた。


 「お久しぶりです。その節は大変お世話になりました。覚えていていただけたとは・・・・全くもって、至極光栄であります。」


 だが、エビは声と同じようには、以前通りの姿かたちを成していなかった。


 ギラリと黄色く光る目は左右に4つずつ不揃いに縦に並び、不気味な鈍い光を放っている。


 闇を背にエビが立ち上がると、消えていた小さな灯りが再び光を取り戻した。


 全身を見るからに強固なごつごつとした赤黒い甲羅こうらで覆われたエビは、無数の腕と触手を生やし、子供位の大きさの、ムカデのような姿を成していた。


 「あーあ。せっかくショク様が用意してくれたのに、これじゃ使い物にならないな。」


 タコに目をとめたエビの口から吐き出されるのんきな声と、グチャリと音を立てる触手だらけの口元は、あまりにもギャップが過ぎて、おぞましさで身体が震えそうになる。


 ・・・・こいつ、強い。


 俺の中の何かが、これに近づくべきじゃないと、警鐘を鳴らしている。


 「みんな、俺の後ろへ・・・・。」


 光弘の言葉に、俺たちはじわじわと光弘が広げた腕よりも後ろへと下がった。


 再びグチャリという音を立て、エビの口元が動く・・・・。


 金属がぶつかり合うようなキーンという甲高い音が鳴り響き、光弘の眉間から10センチほどの位置で、エビの触手の先端は止まっていた。


 雷光が切り裂くような触手の一撃が、光弘の守りによって阻まれたのだ。


 「いいですねぇ。光弘さん。貴方は前の時も私の邪魔をしてくれました。ここで恩を返しておきたいところなのですが・・・・・。」


 エビは話し終えると同時に、触手を鞭のようにしならせ光弘を打ったが、全ての攻撃は届くことなく寸前のところで跳ね返されてしまう。


 「さて。どうやら、私からのお礼は受け取ってはいただけないようだ。・・・・・では、別の方にお渡ししておきましょうか。」


 「別の者?」


 「そうですね。例えば、『真也さんのご家族』など、いかがでしょう。」


 「貴様っ・・・!」


 俺はエビを睨みつけ、後ろ手に練っていた力の塊をエビへ放った。


 「おお怖っ。真也さん。私は貴方と話しているのではありません。これは私と光弘さんの取引・・・・。光弘さんにとって、真也さんのご家族が大事なものであるならば・・・どうすべきか分かりますよね。」


 「エビ・・・・。」


 勝が怒りのこもった低いうなりを響かせた。


 「黙りなさい。お前は本当なら私の餌だったのだ。光弘さん・・・・邪魔が入るといけない。早くこちらへいらっしゃい。貴方が私のものになるなら、真也さんの家族だけではない。・・・・ここにいる黒以外の者に手出しはしないと約束しましょう。」


 「黒、以外・・・・・」


 「ええ。黒の妖鬼はダメです。そいつを欲しがっている方がいるのです。弱っている今ならば、タコたちの毒で動きを奪い、連れていくことも不可能ではないでしょう。」


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