第168話 光弘の家 1
闇の外へ逃れると、俺たちの精神は恐ろしく強力な力に乱暴に引きずられるようにして、一気に身体に引き戻された。
まだぼんやりと霞がかったままの頭を抱え、俺と
深夜になり、居間は静まり返っている。
勝がひそひそとした小さな声で表情を険しくして口を開いた。
「なあ。光弘は大丈夫なのか。」
「そうだな。癒は俺たちよりよほど光弘の事に詳しい。あいつが黒の元へ戻せと言ったっていうことは、問題ないってことなんだろうけど・・・。」
「黒のことも気になる。光弘の元へ行こう。」
俺たちは、一度部屋へ戻り、ふとんを枕で膨らませ寝ている風を装った。
こんな時間にいなくなっていることが分かれば、母さんたちが心配する。
準備を終えると、俺たちはそろって光弘の元へ移動した。
光弘の家の居間に移動した俺たちは、彼の部屋の扉をノックした。
いきなり家の中に入るのは、犯罪を犯しているみたいで気が引けたが、夜にインターホンを鳴らすわけにもいかない・・・・。
青白く照らされた水槽から聞こえる水の動く音だけが、暗い部屋の中ひっそりと響いていた。
「光弘・・・・。ごめん。勝手に入った。・・・・開けてもいいか。」
俺が声をかけると、部屋の扉が音もなくわずかに開いた。
ドアの隙間から真っ直ぐにのびた淡いオレンジ色の光の筋が、徐々に太さを増しながら床に広がっていく。
「ありがとう・・・・・。入って。」
光弘の顔は逆光で暗く沈んでいたためよく見えなかったが、少し鼻にかかる濡れたその声に、俺は胸が締め付けられた。
また・・・・独りで泣かせてしまったんだ。
部屋の中は、ベッドの足元にある小さな灯りが灯っているだけで薄暗い。
枕元にはテーブルが置かれ、そこに氷の入ったたらいや、水のペットボトルなどが置かれていた。
黒は身体を横に向け、美しい顔に苦悶の表情を浮かべたまま、横たわっていた。
高い熱があるのだろう。
黒の息は忙しなく乱れ、吐息交じりのくぐもった声をかすかに漏らしている。
「少し待って・・・・。」
光弘は俺たちにそう声をかけると、たらいに浸した白いタオルをしぼり、玉のような汗が吹き出す黒の額や首筋を、こすらないように気を付けながら優しく拭った。
彼の額の辺りの髪を指で丁寧に寄せ、そこにタオルを乗せた光弘は、指でそっと黒の唇に触れ、今度はテーブルに用意してあったコットンを手に取った。
灯りが乏しいため、少しもたつきながらコットンを一枚はずして手に取り、ペットボトルの水を含ませる。
薄明りの中、黒の乾いてしまった唇をそっと湿らせている光弘に、勝が声をかける。
「電気、つけないのか。」
「うん。・・・・黒が、眩しいだろうから。」
あまりに情を尽くしている光弘の姿に、気恥ずかしくなったのか、勝は頭をガシガシかいた。
「それにしても、光弘は病人の世話になれているんだな。とっさにここまで思いつくなんて。」
都古の言葉に、光弘はわずかに表情を強張らせた。
黒に載せたタオルを裏返しながら、光弘は暗い声音で答えた。
「俺が熱を出すと、姉さんがいつも、こうしてくれていたから・・・・・。」
「・・・・・そうか。」
熱を持ってしまったタオルを再び氷水に沈めながら、光弘は耐えきれず肩を震わせた。
瞳からこぼれた雫がたらいの中へ音もなく落ちていく。
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