第155話 白妙と海神と妖鬼蒼
女神妖は、健やかな寝息を立てる海神をしばらく抱きしめていたが、心の底から愛おしいというように額に口づけると、ようやく白妙の腕に海神を託した。
切な過ぎる瞳を海神に向けているその神妖の姿に、白妙は戸惑いを覚えながらも、腕の中の海神の温もりに対し、礼の言葉を口にした。
「・・・・・感謝する。」
「やめておけ。ボクは誓約により、その刀の主を喰った。礼は言うべきじゃない。」
小さくゆっくりと横に首を振りながら、苦し気に瞳を潤ませ、絞り出すように吐き出された彼女のその言葉に、白妙は身を硬くした。
龍粋を・・・・喰った?
なぜ・・・・?
この者は・・・・龍粋の仇なのか・・・・?
だが、海神をなでるその手や眼差しからは、誰が目にしてもハッキリとわかるほどに、切なさと慈しみがあふれ出ていて・・・・白妙の疑惑は、砂でできた城を崩すようにあっさりと壊されてしまう。
女神妖は、白妙を強い力のこもった瞳で真っ直ぐ見つめると、印を組んだ。
彼女の姿は淡い光に包み込まれ、一瞬で姿を変えていく。
そこにたたずんでいたのは、青い衣を身にまとった恐ろしく美しい、男型の妖鬼だった。
青い妖鬼は、泣き出してしまいそうな笑顔を浮かべ、白妙に残酷な言葉を吐き出した。
「そいつには、ボクの話はするなよ。幸か不幸か、ボク達は同じ顔をしていたんだ。余計なことは言わず、お前が一緒に過ごしていたことにすればいい。」
海色の瞳をした青い衣の妖鬼は、白銀の髪をなびかせ宙を駆けあがると、一度もふり返ることなくそのまま姿を消した・・・・・。
白妙は、龍粋の形見となってしまった美しく冷たい刀と、海神の温もりを腕に抱いたまま、その場に崩れ落ちた。
胸に空いてしまった大きな穴に、冷たく澄んだ風が音もなく吹きすさび、全身が凍ったように痺れ、震えが止まらない。
「龍粋・・・・・・・・龍粋っ・・・・・・・・龍粋っ!!」
応える者のいない世界で、白妙は彼の名を何度も叫び続けた・・・・。
**********************
海神を水神殿へ連れてくると、白妙は彼を寝台に寝かせ、布団をかけてやった。
さきほどの、青く美しい妖鬼を思い出しながら、白妙は一体の妖鬼の名を口にした。
「”蒼”・・・・か。」
他に思い当たるものはいない。
彼は、妖鬼の王を倒したという、蒼と呼ばれる妖鬼に他ならないだろう。
どういった経緯があって、龍粋を喰らい、海神を託してくることになったのかはわからなかったが、白妙は彼を呪う気にはなれなかった。
自分が姿を現した時、彼は傷ついたような
誰も迎えが来なければ、蒼は自分が海神と過ごすことを、決意していたのかもしれない。
そして、恐らく彼は・・・・そうなることを望んでいたのだ。
「不器用なのだな・・・・。」
龍粋の刀を差し出してきた蒼の腕は・・・・微かに震えていた。
龍粋の形見を繭にしまい袂へ納めた白妙は、寝台に腰掛け、健やかな寝息を立てる海神の頬に手を当てた。
今の自分には、この子しか残されていない。
龍粋の忘れ形見である海神を、守り育てなければ・・・・・。
白妙は彼の顔を見つめたまま、静かに口を開いた。
「海神。私の魂にかけて誓う・・・・。お前がひとりで生きられるようになるまで、私がお前を護り・・・導く。」
もはやそれは龍粋から託されたものではない。
その誓いは、白妙自身の望みだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます